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表題の謝罪は、このことではありませんから・・・(^_^;; 先週から中国の「朱首相」が来日して、色々なメディアに顔を出していたけれど、これまた、ほとんど見ることできず・・・ そんな中で筑紫哲也さんの対談で、クリントン大統領に次いでの海外大物とあって、すこしだけ、見ることができました。 今回の来日中の発言に良く出てきた言葉で、「今回は、過去の謝罪は求めない」との言葉・・・・ 本心は、どうなんだろう・・・・? 私が中学生の頃、学校の先生に元陸軍の将校だったと言う先生がいました。 その先生が、授業時間中に話した内容に、後で背筋が凍る内容が含まれていたという、悲しい記憶が私にはあります。 その先生は、中国大陸で、中国人の頸を軍刀で切り落としたことがあると言うのです。 その経験談は、信憑異性をあげる為なのか、軍刀といっても粗悪品なので、うまく振り下ろさないと、頸に引っかかってしまい、軍刀が曲がってしまい、そのまがりを足で蹴り直し、次々と切り落としていったという内容でした。 問題は、その時、私は「この先生は、スゴイ人なんだ!」と思ってしまったコトです。 いまだったら考えられないことですよネ! その後、専門学校に進学し、20で卒業、社会人となり、「南京大虐殺」のコトをテレビや出版物で知ることになり、中学時代のほんの一時のコトが、鮮明に思い出され、背筋が凍るような思いに至りました。 長い、義務教育の中で近代史の一部が、全く教えてもらうことがなく、とんでもない亡霊に教育を受けていたことに気づかされたのでした。 今回の「謝罪は求めていない」発言は、いったい何だったのか、世論調査でおおかたの人が、「謝罪は済んでいる」と発言する 果たして、このままで良いのだろうか・・・・? そんな、思いでブラウン管の「朱首相」を見ていました。 実は、20年前に練習船(運輸省)でハワイへ行ったときですが、制服でワイキキの歩道を歩いているときに、石を投げつけられたコトがあります。 上陸の際は、制服、制帽が規則なので、しょうがないのですが、この時も腹立たしさより「悲しく」思えたことをいまもハッキリと覚えています。 いまは、確かに平和なのかも知れません、しかし、多くの人の「我慢」と「慈悲」の上に成り立っているというのが、本当のところでは無いでしょうか。 私は、広島県に生まれ育ち、小学生の頃から、広島市の「原爆資料館」へは何度も見学に出かけています。 そこで見たものに、子供の頃は「怖い」「気持ち悪い」と思い、学生の頃は、ほのかにアメリカへの敵対心を抱き、いまは、泣きそうなので出かけることができません。 私の住む、福山市も終戦間近に大空襲にあい、私の両親も子供心に爆弾の落ちてくる中を逃げまどい、母は、目の前で直撃を受けた人を見たと昔は話してくれました。 「謝罪」・・・そんな簡単に2文字で済まされるような問題ではなく、日本人として人間として重い罪を一生背負い、この思いを我が子に伝えてゆかねばならない、辛い使命を深く、感じさせてくれた週末でした。 休み明けに、ちょっと重すぎましたね・・・ごめんなさいm(_ _)m |