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記録 18 2006年11・12月

      

  学会への参加
   

  大学院の先生方からしばしば学会への参加を勧められる(大学院に入る前は、学会というものは教授や博士課程終了後の研究者などだけが参加するもので大学院生が参加するものではないと思っていた)。11月末、指導教授のマイヤーズ先生の勧めで、初めて学会というものに参加した。クラスメイトが運転する車でワシントンD.C.に行き、National Council for the Social Studies (全米社会科教育協議会)主催の学会に参加した(「全米社会科教育協議会」 というのは自分の勝手な訳です。正式な日本語の呼称があるとは思えないが・・・)。参加者の中には、「せっかく首都ワシントンD.C.に来たのだから、観光もしなければ」 と、途中で会場を抜け出す人もいたようだが、自分は 「せっかく学会に来たのだから、しっかり見なくては」 と考えて一切観光はしなかった。宿泊していたホテルから会場までは地下鉄を利用したが、車内アナウンスが “Next station, Pentagon (次の停車駅は国防省です)” と言うのを聞いて味わったワシントンD.C.の雰囲気だけで今回は十分である。

 

利用した地下鉄

 

  プログラムは盛りだくさんで、多くの部屋に分かれて行われている発表・講演・討論などさまざまなセッションを三泊四日で見せてもらった。小・中・高校の現場にいる社会科の教師の参加者もいた。現場の教師に参加資格があるのは当然だろう。社会科教育協議会主催の学会が、現場で働く教師を会場から締め出していたのでは何のための学会か分からない。自分は、日ごろの授業で論文を読んだことのある先生のいる部屋へできるだけ入るようにして、社会科教育の分野で指導的立場にあるハーン教授(エモリー大学)やバンクス教授(ワシントン大学)の講演などを拝聴した。自分は学期末の論文に、社会科の授業における討論のあり方について書くつもりだったのだが、ハーン先生がこの問題についても触れてくださり、ありがたかった。「『(クラスのみんなの前で)自分の意見を言うと気持ちがすっきりする』 と生徒が言うとき、それが意味するものは何なのでしょう?」 という問いかけが印象に残った。

 

 

  

 (写真左)講演するハーン教授  (写真右)司会役のハーン教授に紹介されて講演を始めるバンクス教授

 

  日本人(インディアナ大学の小川先生)を始めとするアジア出身の人々が発表しておられる様子を見たことも大きな収穫だった。発表内容がとても勉強になっただけでなく、非英語圏の出身であっても堂々と英語で発表する姿勢に感動した。学術用語が使用されるのは当然だが、表現そのものはプレイン(plain: 飾りのない、素朴な)で分かり易いものであった。アメリカ人の発表を聞いていると、自分の英語はとても学会で発表できるような代物ではないと思えてしまうが、アジア出身の人々の堂々とした発表を見て、「学会であっても、あんなプレインな英語でいいんだ!」 と大いに励まされ、また楽観的になれた。

 プログラムの中には博士課程の学生が発表し、それについて第一線で活躍している教授が講評するというセッションもあった。一緒に参加したクラスメイトたち(博士課程)が、「来年は自分たちも発表したいよね」 と話していたが、修士課程にいる自分でも確かにそんな気にさせられるほどの刺激を受けた。いろいろな研究者の発表を直接聞くとともに、他の大学の先生や学生と食事を共にするなどの交流の場を持ち、意見・情報交換をしたが、これも学会のもう一つの大いなる意義である。名刺を交換した人々とはピッツバーグに帰ってからもメールのやり取りをしているが、これも本当に大きな収穫だった。

 とにかく大変な刺激と収穫を得た四日間であったが、これを経験してみて、自分の先生たちがしきりに学会に参加するように勧める理由がやっと今わかったのである。

 

 

  スヌーピーとチャーリー・ブラウン

 

  学会の話の直後に漫画の話を書くが、この二つには関連がある。学会に参加中、あるセッションでたまたま隣に座っていた先生と一緒に食事をすることになった。カナダのブリティッシュ・コロンビア大学で教鞭をとっておられるロス先生とおっしゃるお方で、自分の指導教授のマイヤーズ先生の友人だった。先生と自分は撮り合った写真をメールで交換するために、アドレスの書かれた名刺を交換した。自分の名刺にはメールアドレスと共にこのウェブサイトのURLも書いている。予想だにしなかったことだが、先生は僕のサイトを読んでくださったのである。メールには、“君のウェブサイトを楽しく読ませてもらったよ。社会科教育についてとベースボールと 「ピーナッツ(スヌーピーの漫画)」 のページが特におもしろかったな。私もかつては大のピーナッツ・ファンでね” などと書いてあった。カウンターを設置していないので、このサイトの中の英語ページへのアクセス件数は判らないが、極わずかだろうし、更新も出来ないまま放置しているのだが、英語のページを作っておいてよかった。これらのページを読んで感想のメールを送ってくださったのはロス先生が初めてだった。

  この国に来たばかりの頃はすぐには友人もできず、ましてやピーナッツ・ファンを探す余裕など全くなかった。ある日、図書館のコンピューターで snoopy.com にアクセスしている学生を見かけ、“同志” の存在を知って嬉しかったが、さすがにこんなことで声をかけたりは出来なかった。自分も毎日 snoopy.com にアクセスして、そこにある日替わりの漫画を読むことにしている。自分のコンピューターからアクセスするとは限らない、コンピューター室で宿題をしたり論文を書いたりする前に、まずこの漫画を見てから仕事に取り掛かることもよくある。ある時、コンピューター室でスヌーピーを見ていたら、隣のコンピューターを使っていた日本人留学生の女の子に見られ笑われたが、筋金入りのピーナッツ・ファンの自分が、こんなことで怯(ひる)むことはない。むしろ、このことで会話が交わされ、この犬がクラスメイトの彼女との友好関係を促進してくれたのである。

  去年のクリスマスが近づいた頃、授業の開始前にクラスメイトと談笑しているうちに、誰かがテレビで放映されたチャーリー・ブラウンのクリスマス・スペシャルのことを話したのがきっかけで、ちょっとしたピーナッツ談義になった。「日本ではスヌーピーの方が彼の飼い主(チャーリー・ブラウン)より人気があるんだけど、この国ではどちらが人気があるの?」 と尋ねたら、その場にいた人みんなが、「この国でもスヌーピーよ」 と答えた。その中にいたリックの答えが振るっていた。「スヌーピーは自分がチャーリー・ブラウンの飼い主だと思っているのさ」 ― ピーナッツ・ファンの方なら彼の答えの中に真理を見るだろう。アメリカでも人気があるのはやはりスヌーピーのようであるし、日本人にはスヌーピーがあの漫画の主人公だと思っている人が多いのは当然だろう。しかしながら、あの漫画の主人公はあくまでもチャーリー・ブラウンである。アメリカ文化の中では、人間と動物が登場する漫画で動物の方が主人公になることはないのだとジョンが教えてくれた。

  今年のハロウィーンが近づいた10月のある日、CNNを見ていたら、あの漫画の登場人物の一人のライナスが出てきた。この子は、ハロウィーンの日にはカボチャ畑に “カボチャ大王” なる者が現れると頑(かたく)なに信じて、毎年カボチャ畑で “王” の出現を待ち続けている子である。24時間ニュース専門局にライナスが出るとはどういうことかと思っていたら、キャスターが、「今年はライナスがカボチャ大王を待つようになってから40年目の記念の年に当たります。 snoopy.com に行ってみてください」 などと言っている。ニュース報道に関してアメリカで最も信頼されている放送局が、こんなどうでもいいことを"報道"する ― 僕はこんなユーモアが大好きだ。こんな時、アメリカっていいなあと思う。

  この国に来て出来た友人の中で、最大のピーナッツ・ファンは親友・マットのワイフのタマーである。この夫婦はフットボールが好きで、当然のことながら地元のピッツバーグ・スティーラーズの熱狂的ファンである。ゲームのある日は必ず自宅近くのスポーツ・バー(スティーラーズのファンがゲームを見ながらビールを飲む)で観戦していて、僕もしばしば仲間入りさせてもらっている。昨シーズン、スティーラーズがスーパーボウルに勝ち、全米チャンピオンになったときに、僕はフットボールをしているスヌーピーの絵をスキャナーでコンピューターの画面上に取り込み、さらにスティーラーズのマークをスキャンして、彼がかぶっているヘルメットに貼り付けた。この絵の横に、Happiness is living in a city whose team won the Superbowl ! (幸せはスーパーボウルで勝ったチームのいる街で暮らすこと!)という言葉を添えてメールで彼女に送ってあげたところ、たいへん喜んでくれて仕事場のコンピューターのスクリーン・セイバーに使ってくれている。

  この人がピーナッツ・ファンであることが判ったいきさつが面白い。ある日、この夫婦と僕の三人はジャズクラブでライブ演奏を聴いていた。この日は歌手もいて、何曲目かにおなじみの 「イパネマの娘」 を歌った。何度も聴いたことはあるが、英語であるにもかかわらず自分には歌詞の内容が理解できないので、帰り道で内容を尋ねた。教わった内容は大まかにしか書けないが、要するに、ある男がイパネマの海岸でかわいい娘を見つけ、何とか彼女の気を引こうとするのだが、彼女は彼の存在にさえ全く気づかないということのようだ――僕はすぐにチャーリー・ブラウンを思い出した。彼はクラスにいる赤毛の女の子に何とかして話しかけたいのだが、どうしてもできないまま悶々とした日々を送り続けたのである。あの漫画は1950年から2000年に至るまでの50年にわたって連載されたのであるが、ついに最後までその赤毛の女の子は彼の存在に気づくことはなかった――。「まるでチャーリー・ブラウンみたいだなあ」 と彼女に言ったら、「ああ、そうね。私、チャーリー・ブラウン大好き」 という答えが返ってきた。スヌーピーという犬の面白さだけではなく、チャーリー・ブラウンが漂わせる哀愁あるいは寂寥(せきりょう)感、そして人生に対する深い洞察を理解している人こそ真のピーナッツ・ファンである。彼女の返答を聞いたとき、「この人は本当にあの漫画の素晴らしさがわかっている人だ」 と直観したが、その認識に誤りはなかった。

 

  これを書いている2006年の冬現在で、作者のシュルツさんが亡くなられて7年になろうとしているが、「ピーナッツ」 は今なお多くの人々に親しまれている。この国に来て一年半ほどの間に、多くの友人たちとこの漫画について話すことができた。出会った人々との友好関係を促進させる上でも、あのまんまる頭の少年と彼の妙な犬の存在は絶大である。

 

 

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