快感原則論 ― 楽しく生きる ―
目次
I 「楽しさ」とは何か
1 「遊び」
2 「空間」としての「遊び」
3 「演劇」としての「遊び」
4 「知的遊戯」
5 「祭」
6 「笑い」
7 自由についてII なぜ今の日本では楽しく生きるのが難しいのか
1 労働時間
2 終身雇用
3 人生を楽しまないことに慣れてしまった日本人
III 楽しく生きるにはどうしたらよいのか
1 主体的に生きる
2 主体的に生きるために個性を生かす ・ 個性を知る
3 職業の試行錯誤 ― 転職について
4 自由教育
( i ) 主体性と個性をもたせる教育
( ii ) 「自由の意義」の教育
( iii ) 日本の自由の発展のために
( iv ) 自己主張することと「多事争論」の教育
5 マス・メディア
6 「年功序列社会」 と若者
7 感性による行動
8 芸術、特に音楽について
9 スポーツについて
10 ユーモアについて
11 「生」 を楽しむ ・ 「今」 を楽しむ
おわりに
主要参考・引用文献
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I − 5 「祭」
一般に、私たちは大人になると生活から遊びを失ってしまいます。 しかし、その代わりに大人たちは一年に何度か、みんなが一斉に仕事を止めて楽しく過ごす時間 (非日常的時間) を設けました。それが 「祭」です。
この時だけは、大人でも仮面をかぶったり、変装したりして 「遊ぶ」 ことが社会的に認められています。 日本語の 「まつり」 は神を 「まつる」 に由来します。古代の人々は定期的に仕事を中断し、みんなが楽しく平和に暮らしてゆけることを神に祈ったり、感謝したりするための時を設けるべきだと考えたのです。また、「政治」 の 「政」 という字は 「まつりごと」 と 読みます。古代は祭政一致だったからです。祭は政治と同様に、人間が楽しく生活していくために必要であるということを古代人は既に気付いていたようです。
英語の 「フェスティバル(祭)」 はラテン語の 「楽しい」 に由来します。また、「カーニバル」 もラテン語で 「肉食を止める」 という意味です。つまり、「カーニバル」 というのは肉食を断つ前の数日間、それに備えて大いに肉を食ベ、楽しむお祭りなのであり、普通、「謝肉祭」 と訳されます。「祭」 であれ 「フェスティバル」 であれ 「カーニバル」 であれ、とにかくそれらは 「非日常的時間」 なのです。
ヨーロッパから中南米に移住したラテン民族の 「お祭り好き」 は有名ですね。リオのカーニバルでは三百人近い死者が出たこともあるほどの熱狂ぶりです。しかし、それでもブラジル国民はカーニバルを存続させるのです。しかし、これはラテン民族が命を軽視していることを意味するものでは決してありません。
ブラジルでは F1 レーサーだったアイルトン・セナが死んだとき、サッカーの試合を中断して黙祷(もくとう)し、また、大統領は数日の間喪に服すように国民に呼びかけました。日本だったらどうでしょうか。スポーツ選手がたった一人死んだからといって、国民が数日でも喪に服すことがありうるでしょうか。 そんなブラジル人が、多数の死者が出るのを承知でカーニバルを存続させるのは、彼(女)らにとっての 「祭」 は、単に 「仕事を中断して楽しく遊ぶ時間」 ではなく、人生における重要な意味をもっている時間であるからなのです。
ところで、歴史の流れの中では 「革命」 というのが起こります。 それまで 「非日常」 だったことが、ある日突然 「日常」 に変わるのが 「革命」 です。こういう観点から見て、「革命」 のことを 「祭」 と見なすとらえ方があります。これは、サッカーのプレイ中に突然ボールを持って走りだすような行為を国家レベルで行うことです。
「革命」 は 「遊び」 にたとえられるほど単純なものではありませんが、「現状がいやになった」、「現状は自分たちを束縛している」、 「もっと自由になりたい」 という気持ちから生まれるものとして 「革命」 があるとするならば、少年エリス (注:「遊び」の項を参照してください) の行為も立派な 「革命」 なのです。
1871年、フランスではナポレオン三世の政権が崩壊し、大混乱の中でヴェルサイユとパリに二つの政府が出来てしまいました。このうち、労働者たちがパリに樹立した方の政府は 「パリ自治政府(パ リ=コミューン)」 と呼ばれました。結局、この政府は二ヵ月後にヴェルサイユの政府につぶされてしまいますが、それでもこの政府が誕生したとき、パリ市民の中には狂喜した人もいたようです。そんな市民のひとりが残した、次のような言葉が伝えられています。
祭は民の力でなければならぬ。
止むに止まれぬ力の発露でなければならぬ。
かつては、もし俺の記憶が確かなら、
俺の生活は祭だった。
誰の心も開き、
酒という酒はことごとく流れ出た祭だった。