快感原則論 ― 楽しく生きる ―                                   

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  目次

はじめに  − 楽しく生きるために −

  I 「楽しさ」とは何か
  
1 「遊び」
  2 「空間」としての「遊び」
  3 「演劇」としての「遊び」
  4 「知的遊戯」
  5 「祭」
  6 「笑い」
  7 自由について

 II なぜ今の日本では楽しく生きるのが難しいのか
  
1 労働時間
  2 終身雇用
  3 人生を楽しまないことに慣れてしまった日本人

 
III 楽しく生きるにはどうしたらよいのか
  
1 主体的に生きる
  2 主体的に生きるために個性を生かす ・ 個性を知る
  3 職業の試行錯誤 ― 転職について
  4 自由教育
   ( i )  主体性と個性をもたせる教育
   ( ii ) 「自由の意義」の教育
   ( iii ) 日本の自由の発展のために
   ( iv ) 自己主張することと「多事争論」の教育
  5 マス・メディア
  6 「年功序列社会」 と若者
  7 感性による行動
  8 芸術、特に音楽について
  9 スポーツについて
  10 ユーモアについて
  11 「生」 を楽しむ ・ 「今」 を楽しむ

 
おわりに
  主要参考・引用文献

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  I − 6    「笑い」

 

     私たちは、遊んでいる時や、楽しい時には必ず笑います。笑いは楽しさを示すバロメーターです。あるいは、幸福の象徴であると言えます。

    腹を抱えるような大笑いをすると、脈拍も血圧も二倍近くになり、 止まったままでジョギングをしているかのような状態になります。 また、この時、脳の中でベータ ・ エンドルフィンという鎮静作用をもつ化学物質の供給が急激に増加していることが、笑うことの効用であると言う科学者もいます。  

    古来、人間は笑いは素晴らしいものであるとして重視してきました。仏教では、暖かく、くったくのない、やわらかな微笑のことを 「和顔」 と呼んでとても大切にするということです。あるいは、旧約聖書の 「創世記」 によれば、神はアブラハムに 「あなたの妻サラがあなたとの間に男の子を産む。その子をイサク (彼は笑う) と名付けなさい」 と言い、息子が生まれるとサラは 「神は私に笑いをお与えになった。聞く者は皆、私と笑い (イサク) を共にしてくれるでしょう」 と言ったということです。  

    また、諺の類にも笑いに関するものがいくつもみられます。「一笑一若」 というのがあります。これは、一度笑うとひとつ若返るという意味です。「顔に小皺(こじわ)ができるから笑わせないで」 と言う女性がいますが、笑うほうが美容によいのではないでしょうか。

  「笑う門には福来たる」 とはよく言ったものです。「笑う門」 とは言うまでもなく 「笑いのある家庭」 です。つまり、「笑いを大切にする家族は幸せになる」 という意味です。日本にも素晴らしい諺があるものです。  

    人間はなぜ笑うのか、あるいは 「笑い」 のもたらす不思議なカは何なのか、そもそも 「笑い」 とは何なのかについて、古代から現代に至るまでさまざまな哲学者や心理学者などが研究しました。  

    既に紀元前からアリストテレスは、「人間だけが笑う動物である」 などと述べ 「笑い」 について考察しています。また、中世ヨーロッパの医学者は、笑いは体液によって起こされると考えていました。 体液はラテン語で 「フーモル(HUMOR)」 と呼ばれ、この語が 「ユーモア(HUMOR)」 の語源です。

  現代においても、フロイトやフランスの哲学者・ベルグソンを始めとする精神分析学者 ・ 心理学者 ・ 哲学者 ・ 医学者がこの間題を研究していますが、未だに解明されていません。人間の 「意識」 と関係があることは判っていても、その 「意識」 についての研究がまだまだ後れているのです。  

    人間が 「人間の意識」 について研究するということは、言ってみれば自分の眼を(鏡を使わずに) 自分の眼で見ようとするようなものなのかも知れません。「意識」 を研究するために、人間は結局のところ、人間の 「意識」 を使わざるを得ず、これは既に人間の能カの限界を超えているのかも知れないのです。 ベルグソンは、著書 『笑い』 の中で次のように述べています。

     

  アリストテレス以来、おえらい思想家たちがこのちっぽけな問題と取り組んで来たが、この問題はいつもその努カを潜り抜け、すり抜け、身をかわし、またも立ち直るのである。哲学的思索に対して投げられた小癪 ( こしゃく ) な挑戦というベきだ。 

 

   

   笑いについてのすべてが科学的に解明されたら、お笑いタレントはあっと言う間に失業してしまうでしょう。なにしろその理論を学べば誰でも人を笑わせることができるようになる訳ですから。

   おそらく、この謎は解けないままでいる方が楽しいのでしょう。 謎が解けてしまったとたんに誰も笑わなくなってしまうような気もします。 現在、判っていることは前述のように、笑っている時の人間の脳の中で起きていることの一部や、腹の中では横隔膜 (おうかくまく) が痙攣 (けいれん) しているという医学的なことや、「人間はどういう時に笑うか」 といった心理学的、哲学的な状況についてのみのようです。

     「人間はどういう時に笑うか」 についてハプニングを例にとって少し考えてみましょう。 私たちがハプニングを喜ぶことは、ラグビー誕生の話のところでも述べました( 「遊び」 を参照してください )。もちろん、ハプニングにも悲劇的なものもありますから、あらゆるハプニングが楽しい訳ではありません。しかし、悲劇的なものでない限り、私たちはそれを喜び、また、笑うのが普通です。これはどういうことなのでしょうか。

   私たちは、スポーツ番組の 「珍プレイ」 を見て笑います。ピッチャーがうなずきシグナルの交換を終える。彼は両腕を大きく回して振りかぶる。足が上がる。彼が力強くその足を前に踏み出した瞬間ずっこけてしまうとき、私たちは大笑いします。なぜでしょう。

  私たちは、それまでに当たり前のこととして何万回もの 「投球モーション」 を見てきました。「ピッチャーというものは、振りかぶり、足を上げた後は力強くその足を前に踏み出し、踏ん張り、腕をむちのようにしならせ、眼にも留まらぬような球を投げるものだ」 ――  私たちは、頭の中に 「投球モーション」 というものをこうした固定観念としてもっています。 ところが、投げようとしたピッチャーがころぶのを見るとき、その固定観念は踏みつぶされ、大きく破壊されてしまうのです。この時、私たちは固定観念から解放され自由になった快感を得ます。この快感が私たちを笑わせているようです。

    このように、人間が快感を得た時に笑うということは判っても、 なぜ快感を得ると笑うのかが未だに判らないのです。とりあえず、 人間の体は快感を得ると 「笑う」 という信号を出し、不快感を得る と 「顔をゆがめる」 とか、「怒る」 とか、「泣く」 とかの信号を出したりして、今自分が何を感じているかを外部に表示するようなメカニズムを持っているということなのでしょう。 なぜ、人間がそのようなメカニズムを持ったかという問いは、人間という生命体の根源についての問いであり、だからこそ、アリストテレス以来、二千年が過ぎても判らないのだし、今後も当分は判らないでしょう。あるいは、永遠に判らないものかも知れません。 とりあえず、お笑いタレントは失業のことを心配する必要はなさそうです。これからも、おもしろいギャグで私たちを笑わせてくれるでしょう。

    「ギャグ(gag)」 という言葉の本来の意味は、「口を開けさせたり、 しゃべれなくさせるために、むりやり口の中に入れるもの」 で、具体的には 「さるぐつわ」 などのことです。転じて、「口止め ・ 言論圧迫」 となったり、俳優が脚本に書かれていない台詞を強引にドラマの中に入れることを意味するようになりました。

    つまり、「ギャグをやる」 とは、「(本来)口にすべきでない言葉を口にする (あるいは、やるべきでないことをやる)」 といったような意味なのです。つまりこれは、サッカーの試合中、突然ボールを持って走り出すような行為であり、「遊び心」 そのものなのです ( もしかするとエリス少年は、ウケをねらったギャグのつもりでボールを持って走り出したのかも知れません [注: 「遊び」のページを参照してください] )。

    「笑い」 を生む少なくとも一つの原因として、固定観念を破るとか、 何らかの約束事を破るといった行為を挙げることができるでしょう。 トランプのカードは 1 から 13 までですが、この 1 から 13 に含まれな い、「はみ出し者」 がいますね。それは 「ジョーカー」 と呼ばれます。しかし、このはみ出し者がいてくれるおかげで、トランプは楽しくなるのです。そして、このはみ出し者 ・ ジョーカー (joker) は 「冗談を言う人」 という意味も持っているのです。

  固定観念や約束事を破るとか、はみ出し者になるとかは、言い換えれば 「自由になる」 ということです。笑いと自由は切っても切れない関係にあります。自由は笑いを生み、笑いは自由を生むのです。

 

 

       すべての良いものは笑う

              ( ニーチェ 『 ツァラトゥストラはこう言った 』 )

 

 

 

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