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   筆者紹介

 

 合衆国大統領選挙 2008

 

 4月22日 

 民主党予備選挙 (ペンシルベニア)


  4月22日、ペンシルベニア州で民主党の予備選挙が行われた。朝、出勤しようとアパートの玄関のドアを開けると、ドアの取っ手にバラク・オバマのタグが取り付けてあった(写真1)。上質の紙とインク、鮮明な画像、ドアの取っ手に取り付けやすいようにパンチと切り込みが入れてある。ピッツバーグやフィラデルフィアなどのような都市部だけで配布したとしても、かなりの枚数になる。相当なコストがかかったであろうことは一目瞭然だ。取り付けたのはボランティアだろうか。それとも賃金が支払われたのだろうか。もし州内全域で配布し、賃金を払ったのならこれだけでもコストは膨大なものになる。集金力では、オバマ陣営がクリントン陣営を上回っているという報道を目にしたが、なるほどと思わせるものがあった(クリントン陣営からはビラの一枚も来なかった)。

  しかし、これを単に集金力の差であるとするのは、安易な見方であろう。ヒラリー・クリントンはペンシルベニアで負ければもう後はないほど追いつめられてはいたものの、この州ではもともと同候補の優勢が伝えられており、ピッツバーグでもレイヴンスタール市長 (何と28歳の若さ!1980年生まれ) がクリントン支持を表明するなど支持基盤を固めていた。クリントン陣営からビラの一枚も来なかったのは、ある程度は余裕の表れであろう。逆にオバマ陣営がここまで経費をつぎ込んだのは、あわよくばペンシルベニアで勝ち、早期に民主党からの指名を確実にするための必死の追い上げと観るべきであろう。

  自分にはもちろん投票権などないのだが、この日行われる投票の様子を見たくなった。修士課程で政治学の授業を受けたときのクラスメイトに民主党員がいるのだが、投票に行くと言うので投票会場の場所を教えてもらい入り口の前で待ち合わせた。ピッツバーグ市内だけでも何箇所も会場はあるようだったが、彼が投票した場所はピッツバーグ大学の近くの私立高校の体育館だった(写真2)。入り口にまで両陣営の広告が張ってあり、クリントン候補の広告(写真3)の写真を撮ったが、残念ながら写真撮影はここまで。中に入れてもらえないどころか、入り口から中の様子を撮影することさえ係員に制止されてしまった。言葉で描写すると、入るとすぐ左に受付があり、有権者はまず係員に民主党員のIDを見せる。係員が認証を終えるとブースに移動する。(ここまでの様子は日本で行われる選挙とほとんど同じである)。ブースに入ると投票する人はこちら (入り口の方) 向きに立つ (仕切りがしてあるが顔は見える)。電子投票なので端末が設置してあり、画面は前からも横からも見えないようにしてあった。だんだん日本のことが分からなくなっているのだが、日本でも電子投票が行われているのならたぶん似たようなものだろう。

  投票を終えて出てきた彼が、画面がどうなっているか教えてくれた。この電子投票は、予備選挙だけでなく本選挙や上下両院の議員選挙などにも使われるので、最初にいくつかある選挙のボタンの中から 「民主党予備選挙」 のボタンを選んで押してから、候補者の名前のボタンを押さなければならなかったということである。マウスでクリックするのではなく、指で直接画面の中のボタンを押す方式で、ATMで預金口座から現金を下ろすときのやり方に似ているようだ。

  「クリントンに入れたよ」 と言う。理由を尋ねると、「オバマはケネディーに似ているように思うんだ。ケネディーは外交政策で失敗したから、オバマにも不安を感じるんだ」 と言う。キューバ危機を乗り切り、部分的核実験禁止条約の締結にも尽力したケネディーの外交政策における手腕を全く評価しないわけではないのだろうが、ケネディーの外交政策に対する彼の評価は相当厳しいようだ。「クリントンとオバマの決定的な違いは何なの?」 と尋ねると、「同じ民主党員なんだから大きな違いはないんだ。結局のところ両候補の人格で決めるしかないんじゃないかな」 と言う。

  即日開票の結果、優勢を伝えられていたクリントン候補が得票率55%対45%でオバマ候補を下した。しかし、55対45という数字をどう見るかは評価の分かれるところであろう。クリントン候補の順当勝ちと言う人もいるだろうが、自分にはそれほどの楽勝ではなかったように思える。オバマ陣営はむしろ 「劣勢といわれたペンシルベニアでこれだけ得票できたのだから、リードしている今の状態を保ったまま予備選挙の終わりまで行ける」 と勢いづいたのではないか。

  オバマ候補とクリントン候補の出現で民主党支持者は二分され、一方は黒人初の大統領を期待し、もう一方は女性初の大統領の出現を願っている。また、写真2の有権者は服装からして若者であることはお分かりいただけるであろうが、今回の予備選挙には従来に比べ非常に多くの若者が投票している。これは、合衆国史上初の黒人大統領、または女性大統領が誕生するかもしれないというエキサイティングな出来事に関わりたいからだろうと友人は言うし、自分もそう考える。両陣営の熾烈な争いは、同じ民主党の候補同士が互いに非難し合うことにも発展し、共和党のマケイン候補が漁夫の利を得ているというコメンテイターもいるが、この二人の候補の出現により、今回の選挙が従来以上の関心を呼び起こしていることは間違いない。

(2008年5月25日)

 

 

 


     
      

                 写真1




      

                 写真2

 

      

                 写真3

 

   

                   写真4

 

 キャンペーン

  ピッツバーグにはバラク ・ オバマ、ヒラリー ・ クリントン、ジョン ・ マケインの3人が来ただけでなく、ミッシェル ・ オバマ (夫人)とチェルシー ・ クリントン(娘)もキャンペーンにやってきた。3月にヒラリー ・ クリントンが来たとき、演説会場から出てくるところを見た。赤いジャケットと支持者の歓声が印象に残ったが、写真撮影は失敗だった。夜で暗かったのでフラッシュを使ったが警備上近くに寄れず、光が足りなかった。また、ミッシェル ・ オバマ、チェルシー ・ クリントン、ジョン ・ マケインの3人はカーネギーメロン大学をキャンペーン会場に選んでいる。自分が勤務する大学であるが、残念ながら3人とも見ていない。自分の大学に来ることを知らなかったためである。このような要人が全米の各地を回る場合、直前にならなければ訪問地は明かされない。これは前々から訪問を知らせると暗殺を企てる者たちに計画を練る時間を与えてしまうという警備上の問題があるからである。ミッシェル ・ オバマが来た日、自分が授業をする教室の入り口の横にそれを知らせるビラが張ってあるのを見たが、演説が行われたのはちょうど自分が授業をする時間帯だった。(ちなみに、カーネギーメロン大学の今年の卒業式には、アル ・ ゴアが来賓として招かれた。「自分の卒業式には合衆国元副大統領が来てくれた」 ―― 卒業生は、さぞかし誇り高い気持ちになったことであろう。)

  「キャンペーンの意義って何だと思う?」 ―― 政治学の授業を受けたときのバーカー先生の言葉を思い出す。もちろん、いろいろあるのだが、そのとき先生が指摘したのは、「キャンペーンによって国民はデモクラシーを学べるんだ。あれはデモクラシーの生きた授業なんだ」 ということだった。民主制/民主主義の教育、つまり社会科の 「公民」 については、どこの国も問題を抱えていて、若者が政治には無関心であるのは世界的な傾向である。アメリカも例外ではない。しかし、本選挙の一年以上も前に始まって延々と続く予備選挙のキャンペーンとその後の本選挙に向けてのキャンペーンやディベイト(候補者同士の討論) が、学校で教えきれない部分を相当にカバーしていることは確かである。民主 ・ 共和両党の政治家の立候補表明から大統領就任式に至るまでの過程を見ることで国民は自然に大統領選挙の仕組みを学んでいる (今、自分も学ばせてもらっている)。また、それは選挙の仕組みのみならず、大統領制 ・ 連邦制という国家のシステムをも含んでいる。さらに、候補者同士の討論を見ることにより、国民は自分の国が抱えている問題は何なのかも理解することが出来る。

  路上駐車用の料金入れにまでステッカーが貼られ (写真4)、各候補者のみならず夫人や娘までもが全米を精力的に駆け回り、またCNNなどの放送局が候補者の演説や動きを連日放送しているのを見ていると、これはもはやアメリカの生活様式の一部である。あるいは、四年に一度廻ってくる文化的行事とも言うべきものだ。ヒラリー・クリントンがピッツバーグに来た日、バスに乗っていると他の乗客が選挙の話をしていた。「ヒラリーは大統領にはなれないかもしれないけど、オバマが大統領になって二期目が終る頃、次はチェルシーが出るぞ」 などと楽しそうに話しているのを見ると、「大統領制っていいなあ」 と羨ましく思わざるを得なかった。

  候補者がキャンペーンをするのは自分を売り込むためであって、国民に民主制というシステムや民主的理念を教えるためではないが、長い時間をかけて行われるキャンペーンは、結果として民主主義/民主制の優れた “教材” となっている。学校の 「公民」 や 「政治経済」 の授業は面白くないが、合衆国大統領選挙は見ていると本当に面白い。多くの人が関心を持つのも当然だ。今回のように黒人候補 ・ 女性候補がいる場合はなおさらで、若者の多くが関心を持つのもうなずける。選挙権のない自分が見ていても面白いのだから。アメリカ大統領選挙とオリンピックと閏年 (うるうどし) は同じ年に廻ってくるが、自分には北京オリンピックよりも、大統領選挙のほうが断然興味深い。

  学校の 「公民教育」 の不十分さを、相当に補ってくれる大統領選挙のキャンペーンをもっているのはアメリカの強みである。学校教育が不十分であるにもかかわらず、アメリカ人は日本人に比べれば政治に関心のある人が多いと思われるが、その理由の一つがこれであることを自分は学んだ。投票する際に、立候補者の “後援会” からかかってくる電話で投票態度を決める人々というのはどこの国にもいるだろうが、アメリカ人を見ていると自分の頭で考える習慣のついている人が日本人よりはずっと多いと思われる。

 

  延々と続くキャンペーンはマラソンにもたとえられ、「アメリカン・マラソン」 などと呼ばれたりもする。この期間は候補者が掲げる政策を有権者が吟味する期間であるとともに、大統領職にふさわしい人格を有するかどうかを見定める期間でもある。プロポーズしてきた人が結婚相手としてふさわしいかどうかを見極めるための交際期間のようなものである。過去の愛人の存在がメディアに暴かれ、それが命取りになった候補者もいる。あるいは、演説やディベイトで失敗し、支持を失うこともある。どんな友人がいるかもあからさまになる。クリントン陣営にいたフェラーロ氏 (女性、1984年の民主党副大統領候補) が「(オバマ氏は)白人だったら現在の地位にはいられなかっただろう」 と発言し、クリントン陣営における職を解任されたことは記憶に新しい。解任したところでダメージは避けられないが。

  有権者に 「どの候補者に投票するかを決める上で、最も重視する事は何ですか」 と尋ねると、いつの選挙でも 「経済政策」 と答える人が多い。今回のCNNの調査でも、そのように答える人が最も多い。ガソリン代や大学の学費が高騰していたり、低所得者向け住宅ローンが引き起こした金融不安のある昨今であるから、それは当然なのだが、しかし、オバマ、クリントン、マケインの三者が掲げる経済政策の違いを素人が理解するのは困難である。玄人なら理解するかもしれないが、しかし、実際に有効な経済政策はどれかを判断するとなると玄人でも難しいはずである。そうなると、自分の友人が言うように (前述) 、候補者の人格で選ぶ人が多くなってくるであろう。あるいは、国家の抱えている他の大きな問題 ――銃規制 ・ 堕胎(妊娠中絶) ・ 死刑制度 ・ 同性愛者の結婚など―― に対する候補者の立場を見て判断する人々も多い。アメリカには国論を二分するこのような問題が数多くある。

  候補者の経済政策を有権者が判断しやすいのは、現職が二期目に向けて再び立候補した場合である。過去4年間に自分たちの暮らしが悪化した場合は、現職の経済政策は評価されず、再選されない可能性が高い。典型的な例は、1980年のカーター (民主党) 対レーガン (共和党) の例で、有権者がカーター政権下の暮らしに不満を持っていたところに、レーガンが国民に向かって、“Are you better off than you were four years ago?” (皆さんの暮らしは4年前よりもよくなりましたか)と問いかけた。これが殺し文句になり、カーターは再選を果たせなかった。また、当選したレーガンの経済政策は評価され (といっても財政赤字と貿易赤字のいわゆる “双子の赤字” が発生していたのだが)、彼は再選された。しかし、現職が立候補できず、民主・共和両党とも “新人” が出る場合には、候補者の掲げる経済政策が勝敗を左右する最大の要素ではなくなるという学説もある。例えば、民主党のクリントン政権(1993〜2001)下でアメリカの経済は非常に好調であったにもかかわらず、2000年の選挙に民主党から出馬した副大統領のゴア候補は勝てなかった(僅少差ではあったが)。ゴア候補の敗因についてはいろいろな分析があるが、「キャンペーンにおいて、もっと自分たち(民主党政権)の過去8年間の経済政策の実績を前面に出し、それを引き継ぐことを強調するべきであった」 とか 「キャンペーンそのものが失敗だった」 などと指摘されている。

  テレビ討論の際には、経済政策などの議論の内容よりも服装・テレビ映り・イメージの方が影響する場合もある。1960年のケネディー対ニクソンの討論をラジオで聴いた人の多くは 「ニクソンの勝ち」 と思ったが、テレビで視た人の多くが 「ケネディーの勝ち」 と思ったという話はよく知られている。ケネディーはブラウン管に溌剌(はつらつ)とした像が映るように服装などを慎重に考慮して討論に臨んだのである。結局、この年の選挙でケネディーは当選した。

(2008年5月25日)

 

 

 ブルー・ステイト、レッド・ステイト

  民主党は大都市で強く、前述のバーカー先生の表現を借りれば、“The more starbucks, the more democrats”(スターバックスがたくさんある地域ほど、民主党員も多い) ということになる。また、民主党は、東海岸(大西洋岸)と西海岸(太平洋岸)と五大湖周辺で強いのだが、バーカー先生によると、「民主党は水があるところで強いんだ」 とのことである。それを聞いたある学生が、「テキサス州 (共和党が強い) にはメキシコ湾がありますよ」 と言うと、「あそこは国境の外だよ」 と訳の分からない説明をしていた。冗談はともかく、確かに大都市で民主党は強い。また、アフリカ系市民(黒人)の過半数を大きく上回る人々が民主党支持者であるばかりでなく、それ以外の少数民族においても過半数の人々が民主党支持者である。したがって、これらの民族が多く住む地域 (多くの場合が大都市) は民主党の支持基盤となる。共和党支持者の方が多い少数民族が一つだけある。キューバ系移民である。共産党支配下のキューバから逃れてきた人々は、アメリカに来てもなお民主党のリベラル(左翼的)な部分を恐れているからである (民主党員は共産主義者では全くないのであるが)。

  民主党のシンボル ・ カラーは青で、共和党は赤なので、民主党の強い州は “ブルー ・ ステイト” と呼ばれ、共和党が強い州は、“レッド ・ ステイト” と呼ばれている。エリー湖に接しているペンシルベニア州も伝統的にはブルー ・ ステイトであったようであるが、このところは激戦区 (battle field)になっている。2000年の選挙では民主党のゴア候補はペンシルベニアでは勝てなかった。この敗因について先生は、経済政策の実績を強調しなかったからではなく、別の問題があったと分析していた。「ゴアはペンシルベニアにおける演説で言ってはいけないことを言ってしまったんだ。『自分が大統領になったら銃規制を強化する』 と発言したが、森が多く、したがってハンターも多いこの州で、そんなことを言ったから支持を失ったんだ」 とのことである。“ペンシルベニア” とは “ペンの森” という意味である。この州の開拓のリーダーだったウィリアム=ペンにちなみ、“ペンが開拓した森” と呼ばれている。ピッツバーグ市内中心部から車で数十分走ったところにある郊外の友人の家に招かれたことがあるが、家の裏は森で、野生の鹿や七面鳥が見られるそうである。2000年の選挙は、民主・ゴア、共和・ジョージ=W=ブッシュの新人同士の戦いであったが、双方が掲げる経済政策よりも、各州における上記のような個別の問題が複雑に絡んで有権者の投票動向に影響したと思われる。いずれにしても、最終的にはフロリダ州の537票が勝負の分かれ目になったあの選挙の結果を分析するのはきわめて困難である。

  前述の友人によると、ピッツバーグ大学の政治学の教授の大半は、クリントン対マケインの対決になったときよりも、オバマ対マケインになったときのほうが民主党候補が勝つ可能性が高いと考えているそうである(4月末の時点での話)。5月末現在で、民主党からはバラク・オバマ上院議員が指名される気配が濃厚である。しかし、何が起こるかはわからない。本選挙がオバマ対マケインになったとして、その結果も予断は出来ない。キャンペーンが始まってからいろいろなことが起こるはずで、演説やディベイトで命取りになるような失言が出るかもしれないし、過去における愛人の存在が暴かれるかもしれない。マケイン氏は既に一度新聞に夫人以外の女性とのロマンスについて書かれたが、夫人が夫とともに記者会見し、同氏が自分からも家族からも信頼されている良き夫であるとコメントし、大きな問題には発展しなかった (こんな場面で夫人が登場するのはいかにもアメリカ的である)。また同候補は5月現在で71歳であるが、高齢であることを攻撃されることを予測して、健康診断書を公表して健康状態に問題がないことをアピールしている。メディアや相手陣営から攻撃されるたびに一つ一つそれを乗り越えなければならないのが大統領選挙のキャンペーンであり、それはマラソンよりもむしろ障害物競走にたとえられる。

 

  一つ確実に言えることがある。次期大統領になる人物は、前職が上院議員であるということである。5月末現在で残っている候補者の3人とも上院議員である。大統領に就任した人の前職を調べてみると、州知事 (カーター、レーガン、クリントンなど) や副大統領 (ブッシュ[父] など)が多く、上院議員が直接大統領になるのはケネディー以来である。黒人候補 ・ 女性候補の存在だけでなく、自分にはこの点も興味深い。

  今回の選挙は、海外の人も特に注目しているはずだが、アメリカ国内に身をおいているといやがうえにも興味がわく ―― 合衆国史上初の黒人大統領あるいは女性大統領が誕生するときに、自分はこの国にいてその国民の熱狂を体感するのかも知れないと思うと、投票権のない自分でさえもアメリカの若者たちと同様に興奮を覚えるのである。

                                (2008年5月25日)

 

 

 6月7日 

 ヒラリー・クリントン、キャンペーンから撤退

  6月7日、ヒラリー ・ クリントンがワシントンD.C. で演説し、キャンペーンから撤退することを支持者に伝えた。自分は、この演説の模様をCNNで見た。全部聞き取るのは難しかったが、外国人の自分にとってさえ胸にジーンと来る演説だった。

  なかなか鳴りやまない支持者の熱烈な拍手と歓声の中で演説は始まった。(以下はクリントン陣営から発表された原稿を基にした訳です)。

 

  どうもありがとうございます。ありがとう、皆さん。

  この集会は私が計画していたものではありませんが(負けるとは思っていなかったという意味だろう)、私は本当にこの仲間が好きです。

  きょう、私は、皆さんの全てに私がどれほど感謝しているかを伝えることからこの演説を始めたいと思います。―― このキャンペーンに心を注ぎ、希望を託してくださった皆さん、何マイルも車を運転して道路に並んでお手製の広告を振ってくださった皆さん、寄付のために出費を切り詰めてお金を貯めてくださった皆さん、( ・・・略・・・ ) イベントに来て肩車したお子さんの耳元で 「ほうら、見てごらんなさい。なりたかったら、何にだってなれるのよ」 とささやいたお母さん、お父さんたち。

  オハイオ州メイフィールドの13歳のアン ・ リドルのような若い人たちにも感謝しています。彼女は、ディズニー ・ ワールドに行くために何年も貯金をしていたのですが、お母さんと一緒にペンシルベニアまでやって来てボランティアをするために、その貯金を使ってくれたのです。退役軍人の方々、幼なじみの皆さん、私を支持する理由を聞いてくれそうな人には誰彼となく語りかけながら国を横断してくださったニューヨークとアーカンソーの方々にも感謝しています。

  女性が参政権を得る前に生まれた80代 ・ 90代の女性で、私たちに投票してくださった皆さまにも感謝します。サウス ・ ダコタ州のフローレンス ・ スティーンさんについては以前にも話したことがあると思います。スティーンさんは88歳で、病院のベッドで不在者投票が出来るようにして欲しいと娘さんに頼んだのです。娘さんとお友だちはベッドの後ろに星条旗を掲げ、スティーンさんが投票用紙に記入するのを手伝いました。そのすぐ後に、スティーンさんは亡くなられました。州の法律によって、スティーンさんの一票はカウントされませんでした。娘さんは後でレポーターの方に、こうおっしゃったそうです。「私の父は頑固で昔かたぎのカウ ・ ボーイで、母の一票がカウントされないと聞いたときには、それが気に入らなかったようです。この20年間父は投票などしたことがないと私は思いますが、今回、父は母に代わって投票したのです。」

 

(略)

 

  私がこの選挙戦に身を投じたのは、私には昔かたぎの信念があるからです。すなわち、行政というものは国民が問題を解決をすることを助けることである、あるいは、国民の夢をかなえてあげることであるという信念です。私は自分の人生において、あらゆる機会と恩恵に恵まれました。だから、すべてのアメリカ人が同じように恵まれることを望んでいます。その日が来るまで、私は常に民主主義の最前線にいて、 未来のために闘うつもりです。 ( ・・・略・・・ ) 今、私たちの前途は容易ではありません。私たちには出来ないとか、難しすぎるとか、私たちの能力を超えているなどと言う人もいるでしょう。しかし、アメリカが存在する限り、「出来ない」 などという主張は退けて、懸命な努力と決意と開拓精神によって可能性の境界を広げることを選ぶのがアメリカ人のやり方なのです。 ( ・・・略・・・ ) 最後までやり遂げられなかった (ヒラリー・クリントンが大統領になれなかった) ことでがっかりしている人々―― 特にこのキャンペーンにたいへんな力を注いでくださった若い人々 ―― に対しては、目標に至らなかったことで、もし私が何らかの形で皆さんがご自分の目標を追求するためのやる気を失わせたとしたら、心が痛みます。でも、常に目標を高く持ち、懸命に努力し、その価値を信じているものに深い関心を持ってください。つまずいても、信念を曲げないこと。倒されてもすぐに立ち直ること。「君には無理だよ」 とか 「続けるのはよしたほうがいい」 などと言う人に耳を貸さないこと。 ( ・・・略・・・ ) 

  1848年にセネカ ・ フォールズに集まった女性参政権運動家の人々や女性が投票できるまで闘い続けた人々のことを考えてみてください。奴隷制度の廃止のために奮闘し死んでいった廃止論者のことを考えてみてください。公民権運動の英雄たち、人種隔離政策や人種差別を廃絶させるために行進し、抗議し、命を危険にさらした草の根の活動家の人々のことを考えてみてください。そうした人々がいたがゆえに、私は女性が投票できるのは当然と思いながら育ちました。そうした人々がいたがゆえに、私の娘はあらゆる肌の色の子どもが一緒に学校に行くのは当然と思いながら育ちました。そうした人々がいたがゆえに、バラク ・ オバマ候補と私は民主党指名候補のための熾烈なキャンペーンを行うことが出来たのです。そうした人々がいたがゆえに、そして、皆さんがいてくださるがゆえに、今日の子どもたちは、アフリカ系アメリカ人あるいは女性が合衆国大統領になっても当たり前と思いながら育っていくのです。

  女性が大統領宣誓式を行うその日が来たとき、私たちはみんな胸を張ってこの国の価値観を誇りに思い、あらゆる小さな女の子が夢見ることができ、アメリカではその子の夢がかなうのだということを誇りに思うことでしょう。そして、皆さんの情熱と懸命な努力がその日に至るまでの道を開いたのだということを皆さんのすべてが悟ることでしょう。だから、支持者の皆さんに言いたいのです。人が、「もしこうでありさえすれば」 とか、「もしこうだったら」 などと言っているのを聞いたり ―― あるいはあなた自身がそう思ったりしていたら ―― 私はこう言います、「そんなふうに考えるのはやめてください」 と。後ろを振り返ることで無駄になっているその一瞬一瞬が、私たちが前に向かって進むことを妨げているのです。人生は短く、時間はあまりにも貴重で、また、私たちの望みはあまりにも高いのですから、「もしこうだったら・・・になっていたかもしれないのに」 などとくよくよ考えてなどいられないのです。私たちはまだ残された可能性に向かってともに努力しなければならないのです。( ・・・略・・・ )

  私たちはアメリカ物語の次の章を書きながら共に歴史を創っていくのです。私たちは大切にしている価値観のために、私たちが共有する発展の未来図のために、愛する国のために、団結して立つのです。それ以上にアメリカ的であることはありません。そして、きょう、皆さんを目にして私はこれほどありがたい気持ちになったことはありません。このキャンペーンで私が直面した苦難は、何百万人のアメリカ人が、毎日、その生活の中で直面する苦難に比べれば何でもありません。私は、頂いたありがたきものを一つ一つ数えながら前進し続けるつもりです。私は、報道関係者に囲まれるずっと前からしていたことを、そして、報道関係者がいなくなった後もしているであろうことを、続けるつもりです。すなわち、すべてのアメリカ人に、私が手にしたものと同じ機会がもたらされるように努力すること、そして、すべての子どもたちが大人になって天与の潜在能力を発揮するチャンスが確実に与えられるように努力することです。( ・・・後略)

演説の全文(英文)はこちら

 

  ヒラリー ・ クリントンの目には涙はなかったが、会場にいた夫のビル ・ クリントンは目に涙を浮かべてこの演説を聴いていた。ビル ・ クリントンは、ヒラリー専属のスピーチ ・ ライター (演説の文章を精練する人)と共に 自らもこの演説の草案に関わっていたとのことで、当然のことながら内容については事前に知っていたのであるが、それでも万感胸に迫ったようである。また、CNNのコメンテイターは、「今までのヒラリー ・ クリントンの演説の中で最高のものです」 と述べていたし、キャスターは、「この演説が数ヶ月前に行われていたら選挙戦は違う展開になっていたのではないか」 という声を紹介していた。前述の友人も同様の感想を持つとともに、「これで、ヒラリーに対するメディアからのバッシングは終わるだろうね」 と言っていた。自分の感想は、「これほどの演説が出来る政治家だったとは知らなかった。この人を大統領に選ばないのなら、この人以上に優れた人を選ぶ義務がアメリカ人にはある」 ということだ。

  社会科教育の観点からこの演説を見ると、やはり前述のバーカー先生の指摘のように、キャンペーンによってアメリカ人がデモクラシーを学んでいることがよく分かる。ヒラリー ・ クリントンが言及しているように、キャンペーンのイベントやボランティアに子供連れで参加している人をよく見る (自分がヒラリー ・ クリントンを見たときも近くに親子連れがいた)。大統領選挙の仕組みどころか、大統領というものが何なのかもまだ分かっていない子供を連れて行って、とりあえず候補者の演説と会場の雰囲気を体験させるのである。まだ訳も分からないうちにこうしたことを体験させることで、「民主主義の幼児洗礼」 をするのである。子供でも、ヒラリー ・ クリントンが支持者からの熱狂的な拍手と歓声の中で演説しているのを見れば、「どうやらあの人は特別な人らしい」 ということは分かる。今回、ヒラリーは大統領にはなれなかったが、キャンペーン中、全米の各地で親に肩車をしてもらい、耳元で 「ほら、ヒラリー ・ クリントンよ。あの人が次の大統領になるのよ。なりたかったら女の人も大統領になれるの。なりたければ何にだってなれるのよ」 などと教わることで、民主制の基本的理念や自由社会における自己実現の理念について学び、自分も将来特別な何かになれるのだと悟った子供も多くいたことであろう。こうして育てられた子供は、物心がついたときには政治に関心を持つのは当たり前、投票に行くのも当たり前と思うようになっているはずである。

  クリントン陣営でボランティアをした13歳の少女の話をヒラリーが紹介したことも、教育的意図があったかどうかは判らないが、結果として教育的効果を生んでいると思われる。この話を聞いて、「よし、ぼくはバラク ・ オバマをボランティアで手伝おう」 と決めた中学生も全米にはかなりいるのではないか。少なくとも中学生に大統領選挙に興味を持たせる効果はあったはずだ。

  さらにヒラリー ・ クリントンは、あらゆる人に平等に機会が与えられるのが民主主義の理想であることを、今一度、訴えると共に、女性参政権運動 ・ 奴隷解放運動 ・ 公民権運動の歴史についても触れている。女性が投票できるのは当たり前、いろいろな人種の子が同じ学校に通うのは当たり前 ―― 今、私たちはそう思っているが、そうしたことが当たり前でなかった時代があり、それを当たり前にするために多くの人が闘い、命まで落としたことを改めて教えている。そして今回、「女性が大統領になっても当たり前という国を造るために自分たちは道を切り拓いてきたのだ、闘ったのだ」 と訴えることにより、自分たちは、今、アメリカの歴史的発展のプロセスに関わっているのだ、自分たちがアメリカの歴史を創っているのだというメッセージを送っている。

 

  アメリカには歴史に残る演説がいくつかある。リンカーンのゲティスバーグの演説、ケネディーの就任演説、キング牧師の 「私には夢がある」 の演説・・・。ヒラリー ・ クリントンのこの演説が歴史に残るかどうかは後世の人々の評価次第だが、少なくともアメリカの政治における 「演説」 の伝統は今も生きていると言うことは出来る。

  民主制の価値にまで言及するこうした演説は、社会科教育の 「公民」 や 「政治 ・ 経済」 の生きた教材である。それも最高の教材である。地理や歴史の教師が片手間に教える 「公民」 や「政治 ・ 経済」 の100回の授業も、優れた政治家の1回の演説には及ばない。

 

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   ・・・アメリカの大統領選挙、とくに予備選挙の様子を見ていると、民主主義が実際に機能していると実感する。予備選に多大のコストが投入されているのは事実であろうが、そのコストは十分に意味があるコストだと言えるだろう。「アメリカは何に強いのか? ビジネスか、科学研究か、軍事力か?」と聞かれれば、「最も強いのは政治の仕組みだ」と答えざるをえない。  (野口悠紀雄)

 

*

 

  演説の冒頭に紹介されたオハイオ州の少女、アン ・ リドルは、CNNのインタビューを受けていた。キャスターからの質問に答えて、「演説で紹介してもらえてたいへん誇りに思っています」 などと堂々と答える様子は普通の13歳の女の子ではなかった。ボランティアをしている様子やヒラリー ・ クリントンと一緒に撮った写真が紹介されたり、母親へのインタビューなどが行われた後、最後に男性キャスターが、「あなたは、将来、上院議員になるだろうね」 と言うと、アンは澄ました顔で言った。「大統領になります。」

                                       

                                                  (2008年6月17日)

 

 6月26日 

 バラク・オバマ、カーネギーメロン大学に来訪

  6月26日、バラク・オバマ上院議員がカーネギーメロン大学にやって来た。大学院生会とオバマ候補を支持する学生組織の招きによるものである。今回は、前日に教職員にメールで来訪が報じられたが、残念ながら、招待されている人のみしか会場には入れないと書いてあった。しかし、会場を出て車に向かう同氏の写真を撮ることはできた (写真5)。また、演説は、YouTubeで聴くことが出来た。

  教育に関わっている自分には、やはり演説の中の教育に関する部分が最も興味深かった。オバマ候補は、アメリカの現在の教育に関しての懸念を表明し、アメリカの子供たちは、将来、中国やインドの人々と競争することになるが、アメリカの教育が現状のままでは負けるだろうと述べている。そして、学校教育を改善するためには、新しい教員を大量に採用し、給料を上げ、職場環境を充実させることなどが必要であると指摘するとともに、国民的取り組みが必要で、親はテレビを消して子供のために本を読んでやらなければならないと述べている。

  教育に関して、中国とインドに言及し、また、経済については、ドイツとブラジルが環境問題を取り扱う業種で多くの雇用を創出することに成功した話をしているが、日本は一度も触れられていない。自分は何ら驚きはしないが、教育や経済で日本は先進国であると今なお思っている日本人には意外であろう。自分は部屋にいるときはテレビつけてチャンネルはCNNに合わせたままにしていることが多いが、アジア向けのCNNと違って、アメリカ国内向けのCNNでは日本が取り上げられることはないと言っていい。コメンテイターの誰も日本を話題にしない。たまにエコノミストや政治家が日本に触れたかと思うと、「日本の経済にはもはや期待できない」 とひとこと言って、それで終わりである。

*


  民主党候補として党から指名されることは確実だが、この時点でのオバマ氏は、まだ正式に党大会で指名されてはいない。しかし、同氏の護衛は既に厳重に行われていた。写真5で、オバマ氏を囲んでいる4人は全員が護衛に当たっている人たちであると思われる。また、会場周辺には制服の警官や警備員が要所に立っていた(写真6 [車両は報道関係者のもの])。制服組は5人ほどいたと思うが、私服組みは何人いたのか判らない。3月にヒラリー ・ クリントンを見たときは、制服を着た人は二人しか見なかったと思う。オバマ候補の護衛は以前から厳重に行われていたようだが、党からの指名が確実になったことで、護衛のレベルはさらに上がったのではないか。

  3月にヒラリー ・ クリントンの写真を撮ろうとしたときに、自分の前に立っていた警察官から、「下がって、下がって」 と言われたが、かわいらしい女性のおまわりさんで、物々しいという雰囲気ではなかったのだが、今回は違う。カメラを構えて待っていた自分の前に立ちはだかったのは、髪を短く刈りサングラスをかけた、いかにもマッチョな男 (私服)だった。アカデミーでよく訓練され、優秀な成績で卒業し、射撃の腕前も一流の人なんだろうという印象だ。こうした護衛は、大統領に当選してからでは遅いのだ。1968年、民主党の候補者、ロバート ・ ケネディーが凶弾に倒れたのは6月の時点だった。メディアの調査によると、アフリカ系の有権者には、オバマ氏が暗殺されることを危惧している人がかなりの割合で存在している。

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  それにしても、ピッツバーグのような地方都市に住んでいる自分が、3月にヒラリー ・ クリントンを見て、その3ヵ月後にはバラク ・ オバマを見るのだから、この人たちがいかに精力的に全米を駆け回っているかが判ろうというものだ。

(2008年7月4日)

 






 

                写真 5

 

 

 

 

 

 

 

                写真 6


 8月25〜28日

 民主党大会


 コロラド州デンバーで行われた民主党大会の最終日、オバマ候補は指名受諾演説を行ない、人種や世代などの垣根を超えてアメリカ人は一つにまとまって国を発展させようという主旨の演説を行った。彼は演説の締めくくりに、キャンペーン中にあった以下のようなエピソードを紹介した。


 今日、皆さんに特に申し上げておきたい話が一つあります ―― キング牧師生誕の日に、ホーム ・ チャーチ (同牧師の本拠地だった教会) であるアトランタのエベネザー・バプティスト教会でスピーチをさせていただくという大いなる名誉にあずからせていただいたときに話したものです。

 サウス ・ カロライナのフローレンスに、私たちのキャンペーンの運営をしてくれたアシュリー ・ バイアという名前の23歳の白人女性がいます。ほとんどがアフリカ系アメリカ人からなる組織を運営するために、彼女はこのキャンペーンの最初から活動していました。ある日、彼女は丸テーブルを囲んだディスカッションの場を持ち、そこにいた人みんながそれぞれ自分について話し、また、なぜそこにいるのか(なぜそのキャンペーンに参加しているのか)についてずっと話しました。

 そして、アシュリーは、9歳のときお母さんが癌にかかったことを話しました。お母さんは仕事を何日も休まなければならなくなったため解雇され、医療保険にも入れなくなってしまいました(注:アメリカには国民健康保険がない)。この家族は自己破産を申請せざるを得ませんでした。そして、そのときにアシュリーはお母さんを助けるために何かをしなければならないと決心したのです。

 彼女には、食費が家計を圧迫するものの一つであることが分かっていました。そこで、アシュリーは、自分が何よりも好きで食べたいものはマスタードとピクルスのサンドイッチだとお母さんに信じ込ませました。彼女がそう言ったのは、それが一番安く食べられるからでした。

 彼女はお母さんが回復するまでの一年間、こんな食生活を続けました。そして、彼女がこのキャンペーンに加わった理由は、国内で彼女と同じように親を助けたい、助ける必要があると思っている何百万人もの子供を助けるためであると、同席している人たちに向かって言いました。

 アシュリーには違う考えを選択をすることも出来たでしょう。彼女のお母さんの問題の根源は、社会福祉に頼りきり、あまりにも怠惰で働かない黒人にあるのだとか、不法に入国しているヒスパニック系の人々にあるのだといったようなことを、彼女に言った人はたぶんこれまでにいたことでしょう。しかし、彼女はそういった考え方をしませんでした。彼女は不十分な行政と闘うための仲間を探し出したのです。

 とりあえず、アシュリーは話を終え、部屋の中を歩き回りながら他の人みんなに、なぜそのキャンペーンをサポートしているのかと尋ねました。そこにいた人々には、それぞれ違った話と理由がありました。多くの人が独自の問題を持ち出しました。そして、最後に始終黙って座っていたお年寄りの黒人男性の番になりました。

 アシュリーは、なぜここにおられるのですかと彼に尋ねます。彼は、特に独自の問題を語りません。医療保険のことも経済のことも語りません。教育のことも戦争のことも言いません。バラク ・ オバマを支援するためにそこにいるのだとも言いません。彼はそこにいる人々に向かってただこう言いました。「私はアシュリーに協力したいからここにいるんだよ。」

 「アシュリーに協力したいからここにいるんだよ。」 ― これ自体は ―― 若い白人女性と年老いた黒人男性が互いに仲間だと認識し合ったというこの瞬間だけでは ―― 十分なものではありません。これだけで、病人に医療保険が与えられるわけではありませんし、失業者に仕事が与えられるわけでもありませんし、子供たちに教育が施される訳でもありません。

 しかし、これが私たちの原点なのです。そこから私たちの結束はより強固なものになってゆくのです。愛国者たちの一団がフィラデルフィアであの文書 (合衆国憲法) に署名して以来、221年間の道のりを経て多くの世代が悟ったように、(合衆国建国の) 完遂はそこから始まるのです。

 

 

 CNNが 「歴史的演説」 と評していたが、それは単に黒人初の指名受諾演説だったからではなく、内容的にも評価したからだと思われる。年老いた黒人男性が、白人女性に、それもおそらく自分の孫ほども年の離れた若い人に、「私がここにいるのは、アシュリー、君に協力したいからなんだよ」 と言った ―― ドラマや映画の話ではない、現実にそんなことがあったのだ。この演説のキーワードは “union (結束)” だった。この演説の主旨に限らず、人種や年齢、信条などの垣根を乗り越えて結束しようというのがバラク ・ オバマの哲学である。その哲学を象徴させるためにこのエピソードを使ったことは明らかだ。

 彼は最後に憲法に言及している。アメリカの独立宣言は1776年であるが、合衆国憲法が制定されたのは、その11年後の1787年 (今から221年前) である。この11年の間、当時存在した13の州は緩やかな連合体でしかなく、それぞれが “独立国家” に近い状態であった。“結束” の必要性を認識した指導者により連邦国家が建設されることになったのであるが、したがってバラク ・ オバマにとっては、1787年の合衆国憲法制定が自分の哲学の歴史的原点となっているのだ。また、こうして歴史に触れることは、発言者が意図しているかどうかに関わらず、民主教育的効果も生んでいる。

 

 



 8月29日

 共和党、副大統領候補として、アラスカ州の女性知事 ・ ペイリン氏の擁立を発表


 9月1〜4日

 共和党大会


 候補者に対する支持率は、それぞれの党大会が終わると変化するのが通例である。すなわち、先に党大会を行った方の候補者Aの指名受諾演説を聞いた人の中には、それまで対立候補者Bを支持していたのにAに説得されて、Aの支持に回る人が毎回数パーセント以上出ることが多いのである。しかし、その後で行われる候補者Bの所属する党の党大会でBの演説を聴くと、「やはりBの方がいい」 と考えて、再びBの支持に戻ってくる人や、それまでAを支持していたのにBに説得されてBの支持に回る人もいて、B候補の支持率は失地回復になったり、党大会前より増える場合もある。

 今回、二つの党大会が行われる前、両候補の支持率は45%対45%で互角であった(ギャラップ追跡調査による)。そして、民主党の党大会の後の数日間に実施されたUSA Today / ギャラップ世論調査では、オバマ候補が47%対43%でリードし、また、ギャラップ ポール デイリー追跡調査では、オバマ候補の支持率は50%で、マケイン候補に8ポイントの差をつけていた。

 民主党大会の最終日にオバマ候補の演説が行われた翌日に、共和党が副大統領候補に女性を選んだことを発表したのは、有権者やメディアの関心を共和党に向けさせ、オバマ候補の “歴史的” 演説を少しでも早く忘れさせるための戦略であることは明白だった(上記の数字を見る限り、この時点ではそれでもリードを許してしまっているが)。また、ヒラリー ・ クリントンを支援していた女性の有権者の中には、彼女が撤退した後、オバマ候補を支援する気になれない人が少なからずいたことが調査の結果明らかになっていたが、その人たちの票をいただこうという魂胆もあからさまである。

 その後すぐに行われた共和党大会について、映画監督のマイケル ・ ムーアはCNNの番組で、「共和党大会は退屈だった」 とコメントしていた。映画 「華氏911」 でブッシュ政権を批判した監督だから、好意的なコメントをするはずなどないのであるが、それを承知の上でコメントさせているCNNは、自分が見る限り民主党寄りである。

 しかしながら、女性を副大統領候補に選び、オバマ候補の指名受諾演説の翌日にそれを発表し、さらにそれを共和党大会の目玉にするという共和党の戦略は功を奏した。共和党大会後の9月5日から7日にかけて行われた支持率の調査によると、マケイン候補が逆転し、50%対46%と4ポイント差でリードしているのである。

 この時点でオバマ支持からマケイン支持に回ったグループはどのような人たちだったのか。ヒラリー・クリントンの元支援者で、オバマ候補の支持者になることにあまり乗り気でなかった白人女性が、本当に多くこのグループに含まれるのだろうか。「女性が副大統領になるのならマケインに投票した方がいいわ」 と考えて多くの白人女性がマケイン側に流れたというのは有力な仮説ではあるだろう。

 

 

 10月前半 投票1カ月前

 有権者登録

 投票日が近づくにつれ、外を歩いていると、“Are you registered to vote? (有権者登録をしておられますか?)” と道行く人に尋ねている人をよく見かけた。自分も3回も声をかけられ、そのたびに、「自分は合衆国の市民じゃないんです」 と断るしかなかった。日本では住民登録をしていれば、自動的に投票も可能になるが、この国には住民登録という制度がない。自分はピッツバーグ市役所に行ったことはあるが、税の申告のために行っただけである。住民登録をしていないにもかかわらず、当局は大学関係者などについては住所のみならず、誰がどこの大学から給料をもらっているがまでちゃんと把握している。自分も、非常勤講師の安月給の中からきっちり持っていかれる(自分の場合は日本のサラリーマンと同様の源泉徴収である)。ただ日本と違うのは、源泉徴収のサラリーマンでも会計年度末には申告が必要なことである。しなければ還付金がもらえないのだから自分も必死で申告している。

 話を元に戻すが、当局の税務担当部署が納税者の住所を把握しているといっても、それは住民票と同じではない。大学関係者や公務員あるいは大企業に勤める人の住所などは把握できているのかも知れないが、小さなメキシコ料理の店に雇われたばかりのメキシコ人移住者の住所までは把握できないだろう。要するに住民登録という制度がないために、この国では選挙で投票するには事前に有権者登録が必要なのだ。登録したことがないので(自分には投票権がないので) 具体的に詳しく説明は出来ないが、つまりは有権者登録をすると 「選挙人名簿」 に名前が載り、そうなれば投票が可能になるということだ。面白かったのは、「有権者登録をしておられますか?」 と自分に声をかけてきた3人は3人ともオバマ候補のバッジを付けていたことだった。つまり全員が民主党員のボランティアなのである。なぜ民主党員が、道行く人々に熱心に有権者登録を勧めているのか? これも政治学の授業で学んだ。―― 有権者登録をしていない人々は、アメリカに移住して間もない人々など少数民族に属している場合が多い。前述のように、少数民族の過半数は民主党支持者である。したがって、登録していない人が新たに登録すればするほど民主党にとっては有利になるとの計算があるのだ。 この点については、新たに登録する人が増えたところで民主・共和両党の候補者に投じられる票の割合は、結局のところ変わらないであろうという別の学説もある。

 報道によれば、今回の選挙のために新たに登録した人は記録的な数に上るそうである。このうち、民主党員のボランティアに勧められて登録した人はどのくらいだったのだろう。

 

 

 10月後半 投票日目前

 ネガティブ ・ アド (negative ad)

 両党の候補者が決定して以来、両陣営はテレビに1回30秒ほどの広告を何度も流した。広告には自分の政策に対する理解と支援を訴えるものと、相手の候補者を批判 ・ 非難 ・ 攻撃するものの2種類があり、後者は “ネガティブ ・ アド” と呼ばれる。これまでの大統領選挙でどんなネガティブ ・ アドが流されたのか知らないが、今回初めて見たそれは、相手陣営の掲げる政策を批判するものもあれば、相手候補の人格を攻撃するものもあった。オバマ陣営のもので印象に残ったのは、「マケインは上院議員としてブッシュの政策にことごとく賛成票を投じてきた。マケインはブッシュと同じだ」 と主張するもので、金融不安が深刻化して国民が不安になっているのにブッシュは何もしていないと有権者の多くが思っていたであろう時期だけに、これはかなり効いたかも知れない。支持率については、前述のように9月上旬にはマケイン候補が4ポイント差でリードしていたにもかかわらず、この時点では 「オバマ圧勝か」 という観測が出るほどまでに形勢は大きく変わっていた。

 投票日に近づくほど戦況が悪化していくマケイン陣営には焦りが感じられた。ネガティブ ・ アドが直接的な人格攻撃になったのである。「オバマはラディカルでリスキー」 という言い方で人格を攻撃し、彼を大統領にしたら何をしでかすか分からないと不安を煽るやり方に出た。この時期には大半の有権者は誰に投票するかを既に決めている。したがって、今さらオバマ支持者の人々の気持ちを変えることは無理である。それならば、どちらの候補者に投票するかをまだ決めていない有権者の票をいただこうという戦略なのだろう。あるいは投票する気のない有権者を投票所に行かせてマケインに投票させようという策略だったのだろう。投票日の数日前になってもどちらの候補者に投票するかがまだ決まらない有権者が5パーセントもいるとCNNが伝えていたが、このような人々に対し、「オバマはリスキー」 と不安を煽れば効果があるとマケイン陣営は考えたのではないか。あるいは、不安を煽れば投票するつもりのなかった人もオバマを阻止するために投票に行くのではないかと思ったのではないか。優柔不断な有権者は、こんなやり方にまんまと引っかかるのかも知れないと自分自身も思った。

 しかし、自分が読んだ政治学上の学説では、ネガティブ ・ アドが選挙結果に与える影響は小さいとするものが多かった。調査によれば、70%程度の有権者は、「ネガティブ ・ アドによって自分の投票が影響されることはない」 と答えている。残りの30%ほどの人は 「影響される」、もしくは 「分からない」 と答えたことになるが、だからと言って、この30%の人々の全員が不安を煽るマケイン陣営の広告に影響されるということにはならない。オバマ陣営も不安を煽っているのである。すなわち、「マケインはブッシュと同じだ」 と主張することにより、「もしマケインを大統領にしたら、アメリカは今の金融危機を克服することはできませんよ」 とのメッセージを送って不安を煽っているのである。つまり、ネガティブ ・ アドに影響される人がいても、両陣営がお互いに痛み分けをするのだから (オフセット ・ イフェクト [相殺効果])、結局結果は同じになるということなのだ。

 今回の選挙戦は、中傷合戦にはならなかったが、両陣営のネガティブ ・ アドがエスカレートして泥仕合 (どろじあい) になることもある。泥仕合になると有権者が嫌悪感を抱き、選挙への関心が下がって投票率も下がってしまうと指摘する人もいるが、それを裏付けるデータの存在を自分は聞いたことがない。

 

 

 ポスター、ロボ ・ コール

  投票二日前の日曜日に外出しようと玄関のドアを開けると、写真1と同様のバラク ・ オバマのタグがまた吊るしてあった。また、向かいにある電柱 (写真7) を始め、あちこちに10月下旬から彼のポスターが貼られていた。

 予備選挙の段階から投票日に至るまで、ジョン ・ マケインのポスターはとうとう一枚も目にしなかった。これはどういうことなのだろう。オバマ陣営には空前の寄付金が集まったと伝えられていたが、ポスターの数とテレビの広告の回数については、少なくともピッツバーグではオバマ側の圧勝であった。ポスターについては、圧勝というより “不戦勝” というべきだろう。少なくとも自分は、マケイン側のものは一枚も見なかったのだから。オバマ陣営並みの軍資金を持っていないマケイン陣営としては、ポスターやテレビの広告に同程度の資金をつぎ込むことは出来ず、的を絞った戦いをする必要に迫られたのであろう。

 空前の寄付金が集まったからといって、オバマ候補がペンシルベニアで勝つことが保証された訳ではない。職場の同僚に民主党員がいるのだが、彼女は、「ペンシルベニアで勝てるかしら」 と投票日直前まで心配していた。彼女によると、マケイン陣営からは4回も電話がかかってきたということだ。送信者による機械的な操作で、指定した時刻になれば自動的に電話がかかるロボ ・ コールである。オバマ陣営からはミッシェル ・ オバマの声でロボ ・ コールがあったそうだが、一度だけだったそうだ (ちなみに、ビル ・ クリントンが立候補したときは本人の声だったということである)。彼女の話だけで判断すれば、電話作戦ではマケイン陣営の勝ちである。テレビ広告とポスターへの経費はあまり捻出できないので、電話のほうに力を入れるという戦略なのかも知れない。

 

 

 政権交代は起こるのか

 投票日が近づくにつれて自分の心境も変わっていった。最初は、「合衆国史上初の黒人大統領は誕生するのか」 というのが関心事だった。しかし、そういうことよりも、「政権交代は本当に起こるのか」 という側面の方に自分の関心は移って行った。国民の過半数がイラクからの軍の撤退を望んでいて、バラク ・ オバマは軍の撤退を公約にしている。今回の選挙戦の争点はイラク戦争だけではないが、国民の過半数が望んでいることを公約している候補者が当選しないとしたら ―― それもその候補者が黒人だからという理由で ―― この国のデモクラシーは一体何なんだということになる。事実、白人の有権者の中には、バラク ・ オバマが黒人であるという、ただそれだけの理由で彼を支持できないという人もいるのだ。自分が渡米の準備をしていたときにイラク戦争が勃発し、「やれやれ、戦争をしている国にわざわざ行くのか」 と、気が重くなったのであるが、もしバラク ・ オバマが当選しないとしたら、この国に対する自分の失望感は計り知れないものになるであろう。政権交代を見たい。すなわち、民主制というシステムが正常に (完璧でなくてもいい) 機能している国で自分は生活していたいのだ、たとえ投票権が無くても・・・。

 果たしてどうなるのだろう ―― オバマ優勢と伝えられているにもかかわらず、自分の胸中は穏やかではなかった。

 




 11月4日(火)

 投票日

 いよいよ投票日が来た。なぜ日曜にやらないのか日本人の自分は理解に苦しむが、とにかく合衆国大統領選挙の投票日は、「11月の第一月曜日の翌日」 と定められている。

 大学に出勤してキャンパスの中を歩くと、ここにも写真8のようなバナーもあったし(前日まではなかった)、掲示板には写真7と同じポスターとさらに彼の別の写真を使ったポスターが1箇所に何枚も、「これでもか、これでもか」 と言うほど貼ってあった。マケインの支援者にしてみれば、「分かったよ。もう勘弁してよ」 と言いたくなったのではないか。

 予備選挙の投票シーンを見せてくれた前述の友人は、前回と同じ場所 (写真2) で投票する。数日前に自分が、「今回は前回と違ったことが何かあるの? あるのなら、また写真を撮りに行こうと思うんだけど」 と尋ねたのだが、「全く同じ」 との返事だった。それなら再び行って写真を撮るまでもないな、投票の様子を撮影することも許してもらえないんだし…と考え、今回は行かなかった。―― これが大失敗だった!! 夜に彼から来たメールを読むと、彼が投票所に行ってみると、そこには長蛇の列が出来ていて、1時間20分待ってやっと投票できたのだという。・・・世紀の大行列を見逃した!! 写真を撮りたかった!! 春にヒラリー ・ クリントンの撮影に失敗したときの50倍以上の悔しさだ。今回の選挙では、国民の関心の高さを反映して、これまで有権者登録していなかった人々が多数登録しているということは知っていたのだから、「前回と全く同じ」 と言われても、行かなければならなかったのだ。本番では何が起こるかわからないのだから。友人は並んで待っている間に、近くにいた人に頼んで行列をバックに記念撮影をしてもらっていて、その写真を送ってくれた。いったいどこまで続いているのか分からない行列が彼の後ろに写っていた (“肖像権” の問題があるためこのページでは掲載しないことにする)。


 帰宅した時には、ペンシルベニアではバラク ・ オバマの勝利が確実になったことが伝えられていた。出口調査のデータを駆使した昨今のメディアの結果予想の速さと精度は素晴らしい。投票が締め切られるやいなや “当確” を出すのだからすごい。

 激戦になるのではと自分が思っていたペンシルベニアであったが、結局、ふたを開けてみれば得票率55%対44%でオバマ候補の余裕を持っての勝利だった。ペンシルベニアでこれほどの差がついていることを、もしかするとマケイン陣営は10月下旬までの時点で把握していたのかもしれない。投票日直前になってもピッツバーグの要所にポスターの一枚も貼らなかったのは、もはやペンシルベニアは捨て石にするしかないという判断があったのかもしれない。

 


 

 



     

              写真 7

 

 

 

     

              写真 8


  ペンシルベニア ・ オハイオ ・ フロリダの三つの州は、大統領選挙では非常に重要な州である。1960年以降、この三つの州のうちの二つ以上を落として大統領に当選した人は一人もいない。また、オハイオ州で勝たずに大統領になった人は、共和党にはこれまでに一人もいないし、フロリダでは、過去14回の選挙のうちの11回を共和党候補者が制しているにもかかわらず、この州はレッド ・ ステイトとは呼ばれず、今回も含めて激戦州となっている。それを象徴するのが、ブッシュとゴアが対決した2000年の選挙で、537票差で辛くもブッシュが勝ったのである。

 今回、オバマ候補はこの三つの州で全て勝利した。オハイオ州の両陣営の得票率はオバマ・51%、マケイン・47%で激戦だった。フロリダでも、オバマ・51%、マケイン・49%の激戦だった。激戦州で競り勝たなければ、ホワイトハウスには辿(たど)り着けないのは当然だが、今回オバマ候補はその激戦州の中でも重要なオハイオとフロリダで競り勝ったのは大きかった。この二つの州は、前回は二つとも共和党に取られていたのだが、それを奪い取ったのだから。

 アメリカでは東海岸と西海岸で3時間の時差がある。西海岸で投票が締め切られた午後8時、すなわち東部時間の午後11時を回った時に、オバマ候補の獲得した選挙人の数が過半数を大きく上回ったことが報じられ、バラク ・ オバマはアメリカ合衆国 ・ 第44代大統領に当選した。自分のアパートの周辺では何も起こらなかったが、ピッツバーグ大学の学生たちが寮からフォーブズ通りに繰り出して騒いでいるのが報道されていた。キャンパス・ポリスの警官が出動して警戒に当たっていたが、大きな混乱はなかったようである。

 合衆国史上初の黒人大統領が誕生したが、この国に身をおいてこの出来事に立ち会った感想はと言うと、当初想像していたような興奮は全くなかった。前述のように、政権交代が起こるかどうかに関心が移っていたし、バラク ・ オバマが黒人であるというそれだけの理由で落選し、相変わらずの共和党政権が続き、アメリカは結局何も変わらないという事態を心配していたので、彼の当選を知ったときには興奮ではなく、安堵の気持ちで自分の心は満たされた ―― アメリカのデモクラシーは死んでいない。アメリカの民主制は機能している…。

 ABCの選挙特別番組を見ていたら、アフリカ系の出演者が 「これは非暴力革命です」 とコメントしていた。語り口こそ冷静だったが、心中は感無量だったに違いない。そうでなければ、「革命」 などという言葉は出てこないはずだ。

 

 アメリカ合衆国 ・ 独立宣言には次のように書いてある。

 We hold these truths to be self-evident, that all men are created equal, that they are endowed by their Creator with certain unalienable Rights, that among these are Life, Liberty and the pursuit of Happiness. — That to secure these rights, Governments are instituted among Men, deriving their just powers from the consent of the governed, — That whenever any Form of Government becomes destructive of these ends, it is the Right of the People to alter or to abolish it, and to institute new Government, laying its foundation on such principles and organizing its powers in such form, as to them shall seem most likely to effect their Safety and Happiness.

 われわれは以下の真理を自明のものと見なす。全ての人間は平等に創られている。人間は、造物主 (神) によって侵すべからざる権利を賦与されている。それらには、生存、自由、そして幸福追求の権利が含まれる。これらの権利を保障するため、政府が人民の中に樹立され、その正当な権力は被統治者の同意に由来する。いかなる形態の政府であれ、それがこれらの目的に対し破壊的となる時はいつなりとも、その政府を改変または廃止して新政府を樹立し、人民に安全と幸福を最大限にもたらすと思われる原則に基礎を置き、且つそれを最大限にもたらすと思われる形態の権力を組織することは、人民の権利である。

 

 下線の部分の権利は、ジョン ・ ロック (1632〜1704、イギリスの思想家) が唱えた 「抵抗権 (人民には政府に抵抗する権利があるとする) 」 の影響を強く受けたものである。そして、この権利は 「革命権」 とも呼ばれているのだ。現代民主国家において、これが意味していることは、国民には民主政府を倒す権利があるということではなく、国民には政権交代を選択する権利があるという意味である。現代民主国家における政権交代は、非暴力革命と言えるかも知れない ―― テレビの出演者の言った 「革命」 という言葉を後日思い出して、そんなことを考えた。

 

  上記の下線部の直前にある言葉、「その正当な権力は被統治者の同意に由来する」 の部分については、これと同様の文言が日本国憲法の前文にもあることは言うまでもない。すなわち、「…その権威は国民に由来し…」 の部分である。

 

 11月5日

 一夜明けて

 出勤しながら街中を見たが、特に何も変わったことはなくいつも通りだった。キャンパスの中のバナーもポスターもすぐに片付けられたようだった。出勤時、アパートを出てすぐのところにあるガソリンスタンドで新聞を買うべきだったのに、忘れていた。午後に複数の店や新聞の販売機に行ったが、地元紙の 「ピッツバーグ ・ ポスト ・ ガゼット」 と 「ピッツバーグ ・ トリビューン ・ リヴュー」 (ともに日刊) は、いつもなら夜になっても多数売れ残っているのに、この日は売り切れだった。入手できたのは週刊の 「ピッツバーグ ・ カリアー」 (写真9) とピッツバーグ大学の発行している 「ピット ・ ニュース」 だけだった。

 このところ睡眠不足だったので、前夜遅くに行われた勝利演説を聴かないまま寝たのであるが、入手した新聞にはこの演説が掲載されていなかった。しかし、今の時代にはインターネットがある。いい時代になったものだ。

 

 アメリカに於いてはあらゆることが可能であることを今なお疑っている人や、われわれの建国者たちの夢は今の時代にも生きているのだろうかと今なお思っている人や、われわれの民主制の力を今なお疑問に思っている人がいるならば、今夜がその答えです。

 

 この言葉は、政権交代は起こらないのかも知れないと危惧していた自分への答えでもあった

 

 それは、若者とお年寄り、富める人々と貧しい人々、民主党員、共和党員、黒人、白人、ヒスパニック系の人々、アジア系の人々、先住アメリカ人、同性愛者、そうでない人々、障害を持つ人々、持たない人々によって出された答えです。私たちは決して個人の寄せ集めでもなければ、レッド ・ ステイトとブルー ・ ステイトの寄せ集めでもないというメッセージを世界に向かって発信したアメリカ人の出した答えです。私たちは、今もそしてこれからもずっとアメリカ合衆国なのです。

 








   

   写真 9 11月5日のピッツバーグ ・ カリアーの一面

 バラク ・ オバマの信念である “結束” が、この部分でも言及されている。この演説を YouTube で聴いてもみたのであるが、「私たちは、今もそしてこれからもずっとアメリカ合衆国なのです (We are, and always will be, the United States of America .)」 と述べたとき、 “United States” の部分に力が込められている。ブルー ・ ステイツとレッド ・ ステイツの対立があってはならず、この国家は “ユナイティッド ・ ステイツ” なのだと強調しているのだ。

 

 …そして、アメリカの灯火は今も明々と燃えているのかと疑ってきた人々に申し上げたい。今夜、私たちが今一度証明したことは、われわれの国の真の強さは、軍事力や富の大きさによるものではなく、絶えることのない理想の力によるものであるということであり、その理想とは民主主義、自由、(均等な) 機会、そして、揺るぎない希望なのです。


 アメリカ人が日常的に、理想を語り合っているわけではない、というより自分はアメリカ人が日常生活で民主主義や自由について語っているのを見たことがない。だからと言って、アメリカ人が国家の理想を忘れている訳ではない。いざという時に、ここ一番という時に、アメリカ人は理想を忘れない。それは、理想を熱く語る指導者がいるためでもあるし、あるいは、民主主義、自由、機会の均等などがこの国の理想であることを学校教育 (もちろん完璧ではないが) を含めた日常の生活の中で教え込まれるからである。アメリカが世界一豊かな国になりえたのは、アメリカ人が民主制 ・ 機会の均等といった理想を忘れず、また、それを具現するためのシステムの構築を建国以来200年以上にわたって怠らず続けてきた結果であることは間違いない。(大統領選挙における演説で国の理想が熱く語られることもまた、民主教育的効果があるのは言うまでもない)。

 機会の均等については、日本人の自分に対してもそのシステムは機能している。自分は47歳で今の職場に雇ってもらえた(非常勤講師ではあるが)。日本だと、47歳では非常勤講師にすらなれなかったであろう。また、人文学部 ・ 現代言語学科の学科長 (もちろんアメリカ人) から自分の授業の視察を受けたことは一度もないが、学科長は自分の授業が学生たちからどんな評価を受けているかを知っている。学生の評価が学科長に伝わるようなシステムが整備されているのだ。部下がどれだけの努力をしているかを上司は把握できるようになっている。非常勤講師が一年やそこら努力したところで昇給があるわけではないが、自分は今年度からは、医療保険などに常勤の人たちと同じように加入できるようになった(前述のように、この国には国民健康保険がないし、さらに個人で加入できる保険も見つけにくいのでこれは本当に助かる)。また、学科長から 「学生からの評価を見て、いい授業をするためにあなたが努力していることが判り、嬉しく思います」 といった内容のメールをもらえば、「よし、来学期も頑張ろう」 という元気が出る。これがアメリカの強さなのだ。努力している人を正当に評価するシステムを構築するために、アメリカ人は諸外国の国民以上の労力を惜しまず費やしてきたのだ。

 

 今こそ、失業している人々に職を取り戻させ、子供たちのために機会の扉を開く時です。繁栄を復活させ、平和を促進しましょう。アメリカン ・ ドリームを再生する時であり、また、多様性が統一されて私たちは存在し、生きている限り希望はあるのだという根源的な真理の価値を再確認する時です。そして、悲観論や懐疑論や私たちには無理だと言う人々に出会ったら、私たちは国民の精神を集約する永遠の信念で答えましょう。「いいえ、私たちには出来るのです (Yes, we can)」 と。

 

 ここでも “結束” について語られている。“多様性が統一されて私たちは存在し…” の部分は英語で、“out of many, we are one” となっている。合衆国で使用されている硬貨には全てラテン語で、“E Pluribus Unum” と書かれていて、これの英訳が “out of many, one (多から成る一つ)” である。

 それにしても、(ヒラリー ・ クリントンにしてもそうだが)、アメリカ人がアメリカ人であることを誇りに思えるような、あるいは国民が元気になるような演説のできる指導者を持っている人たちを見ていると、自分にはそれが本当に羨ましい。外国人の自分までが、この国から元気をもらっているのだから。

 来年1月20日に行われる就任演説も、合衆国国民に対しては “結束” を訴える内容になるものと思われるが、その他にどんなことを訴えるのか、また世界に向けてどんなメッセージを発信するのかに注目したい。

 

(2008年11月16日)

 

   1月20日

   就任式

  知人のステイシーが、ワシントンD.C.で行われる就任式を見に行くつもりらしいと聞いて、お土産 (オバマ・バッジ、ステッカーなど) を頼もうとしたのだが、直前になって都合が悪くなったのか、行かないことになり、お土産も頼めなかった。就任式当日には100万人以上が式場に詰めかけたのであるが、参加者が多くなることが事前にも予測されていたため、ステイシーも諦めたのかも知れない。

 就任式は火曜日の昼間に行われたので、自分は勤務中であり実況放送をテレビで見ることさえ出来なかったが、夜に録画で見た。自分の契約しているケーブル・テレビでは、C−SPANという放送局の番組を視ることができる。この放送局は、一日24時間コマーシャルなしで、ホワイトハウスの動きや、連邦議会の動きを伝えている公共放送局である。日本流に言えば、NHKが年がら年中 「国会中継」 など永田町の動きを伝えているようなものである。C−SPANのおかげで、就任式を最初から最後まで見ることが出来ただけでなく、その後の昼食会や、舞踏会までフルコースで見ることができた。そして、新大統領はシカゴ ・ ホワイトソックスのファンであることまでも判った。

 就任式は、宣誓が行われた後で演説をするだけのものかと思っていたのだが、そうではなく、最初と最後に別々の牧師による祈りの言葉があったのを始め、歌、管弦楽の演奏 (チェリストはヨーヨー ・ マだった)、そして詩の朗読までもが行われた。

 前述のように、自分の予想では、新大統領は就任演説でも “結束” を訴えるものと思われたが、そうではなかった。確かに演説の中に “統一(=結束)” の重要性を訴えている箇所はある。


「きょう、この日、私たちがここに集まっているのは、不安よりも、希望を持つことを選んだからです。対立や不和よりも目的の統一を選んだからです。」

 翌朝のピッツバーグ ・ トリビューンー ・ リヴュー紙は、この部分から引用した “UNITY (統一)” と “PURPOSE (目的)” の言葉を見出しに使っている(写真10)。




    

             写真 10

  

  あるいは、次のようなくだりもある。

「私たちのパッチワーク (合衆国が多民族国家であること) は、強みであって弱みではありません。私たちはキリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒、ヒンズー教徒、そして信仰を持たない人々からなる国民です。私たちは地球のあらゆる周辺地域から来たあらゆる言語と文化によって形成されています。そして、独立戦争と人種差別の苦汁を嘗(な)めた経験を持ち、その暗黒時代を経てより強く、より統一されるようになったがゆえに、かつての憎悪はいつしか過ぎ去るであろうし、民族間の壁は崩れるであろう …(略)… と信じざるを得ないのです。」

 

  しかし、演説全体を読むと、従来の演説のように “結束” の重要性を強調したものではない。では、何を強調したのか、何を訴えたのか。

  まず、合衆国の建国の理念および当時の人々の残した言葉に言及している箇所が四箇所ある。


  「今までに、四十四人のアメリカ人が大統領の宣誓を行いました。繁栄の上げ潮の中や平和の静かな水の流れの中で宣誓は行われました。しかし、多くの場合、宣誓は群れを成す暗雲の下で、あるいは激しい嵐の中で行われました。そんな時にあってもアメリカが前進し続けたのは、単に指導的立場にいた人々の熟練や先見性のゆえではありません。それは、私たち人民が私たちの祖先の理想に忠実であり続けたからです。建国の文書に忠実であり続けたからです。」



  「私たちの永遠の精神を再確認し、よりよき歴史を選択し、何世代にも亘って受け継がれてきたあの貴重な遺産、あの崇高な理念を未来に向けるべき時が来たのです。その理念とは、全ての人間は平等であり、全ての人間は自由であり、全ての人間は幸福を満喫すべく追求する機会を持つに値するという神から与えられた約束です。」(独立宣言の理念)



  「私たちの建国の父祖たちは、私たちには想像も出来ないような危険に直面しながら、法による支配と人権を保障するために憲法の草案を作りました。そして、その憲法は何世代もの人々の血のにじむ努力によって発展を遂げてきました。そうした理想は今なお世界に光を与えているのであり、私たちがそれを便宜上の理由で放棄することはありません。」



  「アメリカの建国の年の最も寒かった時期に、愛国者たちの小さな一団が、凍りつく川の岸辺で今にも消えそうなキャンプファイアーのそばに身を寄せました。首都は明け渡されていました。敵は進軍していました。雪は血に染まっていました。私たちの革命の行方が最も不確かだったその時に、私たちの建国の父祖たちは、民衆に向けてこんな言葉を発しています。“未来の世の中に伝えよう、希望と勇気だけが生き残った冬のさなかに、危険を共にして都市も国も立ち向かい戦ったということを。” アメリカ人の皆さん。私たちが危険を共にした今、苦難のこの冬の時代において、時を超えたこの言葉を心に刻みましょう。今一度、希望と勇気をもって氷水の流れに勇敢に立ち向かい、どんな嵐が来ようとも耐え抜きましょう。」

  

  行き詰まった時、私たちは原点に戻らなければならない。新大統領は、経済危機のこの混迷の時代の就任演説として何を言うべきか相当苦慮したものと思われる。そして、結局、アメリカの原点に回帰することを主張することに決めたのではないか。独立宣言や建国の父祖 (合衆国憲法の草案に携わった人々) の理念など、行き詰まった時に立ち戻ることのできる確固たる “原点” がアメリカにはある。

  また、プロテスタントが建国したアメリカ合衆国には、本来、生活規範として、プロテスタンティズムに基づいた労働倫理があった。すなわち、勤労が尊ばれ、額に汗して働いている人が尊敬されるという伝統的価値観があった。独立宣言起草者の一人、ベンジャミン ・ フランクリンは、旧約聖書の以下の言葉を座右の銘にしていたと言われる ―― “技に熟練している人を観察せよ。彼は王侯に仕え、怪しげな者に仕えることはない(箴言・22章29節)” 新大統領は、こうした伝統的価値観への回帰を以下のように訴えている。

 

「私たちの国家の偉大さを再確認するにあたり、偉大なるものは決して与えられるものではないと理解する。それは、私たちによって手に入れられなければならないのです。私たちの旅は近道の旅であったことは一度もなければ、不十分なものに妥協したことも一度もありません。私たちの道は、無気力な人々 ―― 仕事よりも余暇を好む人々、あるいは富と名声の快楽のみを求める人々―― が選んだ道でもありませんでした。むしろ、危険を冒してでも挑戦する人々、行動する人々、物作りをする人々 ―― こうした人々には賛美された人もいますが、多くの場合は、人知れず仕事をした人々です ―― こんな人々が、繁栄と自由の世界に向かう長く起伏の多い道に私たちを導いてくれたのです。…(中略)… 私たちがよりよい暮らしが出来るように、このような人々は絶えず手の皮がむけるまで奮闘努力し、献身的に働いたのです。こうした人々は、私たちの個々の野心の集積よりもアメリカは大きいと見ていました。出生の違い、富の差、党派の違いなどすべての差異の大きさよりも、アメリカは大きいと見ていました。」

 

「私たちの難題は新しいものかも知れません。それらに対処するために私たちが使う道具も新しいものかも知れません。しかし、私たちの成功の拠り所となる価値観 ―― 勤労と誠実さ、勇気とフェア・プレイ、寛容と好奇心、忠誠心と愛国心 ―― これらは昔からあるものです。これらのものは真実です。私たちのこれまでのすべての歴史を通して、それらが進歩のひそかな力であり続けたのです。今、求められているものはこれらの真実への回帰です。私たちに求められていることは、新たなる責任感の時代を始めることです ―― 私たちには私たち自身への、私たちの国家への、そして世界への責務があることを、すべてのアメリカ人が認識しなければならないのです。そして、難題に対し私たちの全てを注ぎ込むこと以上に精神を満足させ、私たちの個性を明確にするものはないということを充分承知の上で、私たちはその責務をしぶしぶではなく、むしろ喜んで受け入れなければならないのです。これは市民の払う代償であり、契約なのです。神は、私たちに不確かな運命を明確にすることを求めていると私たちが確信するのは、ここにその拠り所があるのです。」

 

 「私たちには私たち自身への、私たちの国家への、そして世界への責務があることを、すべてのアメリカ人が認識しなければならないのです」 のくだりは、ケネディーの就任演説を彷彿させる ―― 「アメリカ人の皆さん、国が皆さんに対して何ができるかを問うのではなく、皆さんが国に対して何ができるかを問うてください。」 

  経済危機により職を失う人が増えつつある中で、このような厳しいことを国民に言わなければならないことは、大統領にとっても辛いことであったに違いないが、敢えて勤労と誠実さを訴えたのは、マネーゲームによって楽をして金儲けをしようとする人々が横行し、その結果、世界中を経済危機に陥れたことへの反省が込められているのではないか。

  どこの国でもそうだが、特にアメリカでは、努力なしに欲しいものを手に入れているような人は、本来は尊敬されない。親からの遺産で裕福になっている人や、親の七光りで地位を得て、その地位による権限にものを言わせて欲しいものを手に入れているような人は、称賛されない。「欲しいものは、自ら額に汗して働いて手に入れるものだ」、「成功したければ自分で努力せよ。アメリカは夢をかなえてくれる国だ」 ―― これが、伝統的価値観であり、アメリカでは “self-made man (自分の腕一本でたたきあげた人)” が賛美される。リンカーン [1809-1865] のように、ケンタッキー州の貧しい農家の丸太小屋に生まれたにもかかわらず、自らの努力のみによって大統領にまで登りつめたような人は、とりわけ尊敬される (おりしも、今年はリンカーン生誕200年に当たり、既にいろいろな行事が行われている)。

  

  さて、これまで “結束” を強調し続けたバラク ・ オバマが、なぜ就任演説では主張が変わったかについて考察してみた。

  考えてみれば、キャンペーン中に行われる演説と就任演説が違うものになるのは当然である。前者は自分のキャンペーンを支えてくれる人々の前で行うものであり、したがって “私たちに変革はできる。イエス ・ ウィー ・ キャン” と選挙運動を乗り切るべく元気の出ることを言わなければならないし、今回バラク ・ オバマにとって、もっと重要だったことは、大統領に当選するためには白人の保守層にまでくい込んで票を得なければならないことであった。 

  彼が大統領候補として民主党から指名された時には、白人の保守層の人々は身構えたに違いない ―― 「一体、何を言い出すのだろう。裕福層 (多くが白人) の税率を上げ、その税収をすべて貧困層 (多くが黒人など少数民族) のための福祉予算に当てるなどと言い出すのだろうか」 などと危惧した人々もいたであろう。そのようなことをひとことでも言おうものなら、即座に 「共産主義者」 のレッテルを貼られ、選挙は惨敗に終わる。社会的弱者の利益のために尽力する草の根の活動家は尊敬はされるが、大統領にはなれない。その典型が、黒人の市民権拡大のために活動するジェシー ・ ジャクソンであろう。彼は1984年と1988年に民主党内で大統領候補として名乗りを上げたが、84年は党内の投票で3位、88年も2位で、結局、今日まで民主党からの指名を受けるには至っていない。民主党内からでさえ、「彼では勝てない」 とされているのである。貧困層や一部の民族に支持されるだけでは大統領選挙では勝てないのである。大統領になるためには、貧困層からも裕福層からも、白人からも有色人種からも幅広く票を獲得して選ばれる力 (electability と言う) がなければならないのだ。

  バラク ・ オバマが “結束” を訴えたのは、白人の保守層にくい込んで支持を集め、エレクタビリティーを確保するための戦略だったのだろうというのが現在の自分の見方である。なぜなら、“結束” は、本来、保守的な人々の主張することだからである。

  アメリカには国論を二分する論争が多くあるが、そのうちの一つが、多民族国家アメリカにおいて、「多様性の尊重」 を重視すべきなのか、それとも 「国家の結束」 が重要なのかという大命題である。両方とも大事なのは当然なのだが、そのバランスを巡っての議論は建国以来延々と続いてきたし、これからも果てしなく続く永遠の命題である。この論争において、「多様性の尊重」 を主張するのは革新的な人々で、政党で言えば民主党であり、「結束」 を主張するのは保守層すなわち共和党支持者である。関ヶ原の戦い以降の400年以上の間、日本は戊辰戦争などの内乱はあったものの、国家が分裂の危機に瀕したことはなく (第二次大戦後、占領されても朝鮮半島やドイツのように分断されはしなかった)、また多民族国家でもないため、現在の日本には国家の分裂など懸念している人などいないであろうが、アメリカにはそれを本気で心配している人々が存在する。この国が多民族国家であることがその理由であることはもちろんであるが、もう一つには、わずか140年前にアメリカは南北戦争という絶体絶命の危機を経験していることもあると思われる。あの時肝を冷やした指導層の人々による “統一(結束)” 重視の思考は今なお保守系の人々に受け継がれているのだろう。

  バラク ・ オバマは、国家の結束 ――それは白人によって創られたこの国の伝統的価値観でもある―― を重視する立場であることを表明することで、自分が急進的 ・ 左翼的な人間などではなく、むしろこの点については保守的であることを白人の保守層の人々に対してアピールしていたのではないか。キャンペーン中、彼の演説を聞いて、保守層の多くの人々が、「とんでもないラディカルな奴かと思っていたが、何だ、案外保守的じゃないか」 と胸をなでおろしたことだろう。バラク ・ オバマにとってそれは嘘ではないが、自分が有色人種であることを白人の保守層の人々にに忘れてもらって、自分に投票してもらうための戦略であったのだろう。キャンペーン中、なぜ、民主党のバラク ・ オバマが “結束” を主張しているのか自分には分からなかったが、今このように考えれば理解できる。

  これに対し、就任演説は得票のことを考えずに、自分本来の理念を主張できる(もちろん、選挙期間中の主張と比べて大きなブレがあってはならないが)。この観点からもう一度就任演説を読み直してみたが、建国の理念も、伝統的な労働倫理も、それらは白人によって創造されたものであり、こうしたものに言及するのも、やはりずいぶん保守的で、共和党の大統領の演説であったとしてもおかしくない。言及した労働倫理がプロテスタンティズムに基づくものかどうかは明らかではないが、「神」 という言葉が5回も出てくるのも保守的である (過去の大統領が就任演説で 「神」 と言う言葉をそれぞれ何回使ったかを数えたわけではないので、比較は出来ないが)。もちろん、民主党らしさがないわけではない。独立宣言や合衆国憲法に言及した際に、そこに書かれている 「平等」 や 「人権」 の言葉を忘れずに取りあげているし、民主党の黒人大統領として、これを軽視することはないだろう。あるいは、前述のように、この経済危機のさなかに、敢えて国民に対し 「責務」 の自覚を訴えるのは、ケネディーの流れを汲むものであると言うことも出来よう。

  しかし、バラク ・ オバマは民主党の、しかも有色人種の大統領であるが、就任演説を見る限り、その理念は白人の保守的な人々のものとあまり距離がない。黒人の中には、バラク ・ オバマは肌の色こそ黒いが、頭の中は白人と同じだと非難する人もいるだろうし、事実、前述のジェシー・ジャクソンは、「バラクは、黒人を見くびっている」 と批判している。バラク ・ オバマはアメリカの伝統的価値観を重んずる、やや保守的な民主党の大統領で、たまたま肌の色が黒いだけであるというのが、今の自分が持つ印象である。

  ギャラップ社の世論調査によると、1月9日から11日 (就任式の10日ほど前) に行われた調査では、バラク ・ オバマは83%の支持を得ていたが、就任演説が行われた直後の21日から23日に行われた調査では、支持率は68%に落ち、「どちらとも言えない」 と答えた人が21%にのぼっている。このように答えた人に、その理由を述べてもらいデータを集計した上で分析しなければ何も断言は出来ないが、仮説としてその理由を考えてみた。就任式で、キング牧師の 「私には夢がある」 のような演説を期待していた黒人にとっては期待はずれであっただろう (バラク ・ オバマがそんな演説をするはずがない。彼は黒人の公民権運動の指導者ではないのだから)。あるいは、経済危機への対応として具体的な景気対策への言及を期待していた白人にとっても期待はずれであっただろう。具体的な景気対策どころか、伝統的な労働倫理への回帰や、国家への責務などを “説教” されてしまったのだから。

  しかし、それでも政権発足時の彼の支持率の68%は、ケネディーの72%に次いで歴代2位である。就任演説は、外国人の自分が読んでみても、“原点” に立ち帰ることの重要性を学べるもので、いい演説だと思う。

(写真11はピッツバーグ・ポスト・ガゼット紙の1月21日版)

   

              写真 11
 

 

 

 

  日本人から見ると、独立宣言や建国の父祖 (合衆国憲法の草案に携わった人々) の理念など、行き詰まった時に、立ち戻ることのできる確固たる “原点” があるアメリカが羨ましい。もちろん、日本にもアメリカの独立宣言に相当するものとしての “原点” はある。それは、日本国憲法の前文だ。しかし、独立宣言や合衆国憲法がアメリカ人自らの手によって創られたものであるのに対し、日本人には現在の憲法もその前文も、それを自ら創る力はなかった。戦後GHQは、日本人に自身の手で新憲法を作るチャンスを与えている。すなわち、1945年10月ごろから幣原内閣は新憲法の草案作成を始め、翌年2月に政府原案を発表したのである。しかし、それは依然として天皇が統治権の全権を掌握することになっているなど明治憲法の最小限の改正にとどまっていたため、GHQに全面的に拒否され、GHQの草案によるものを採用せざるを得なかったのである。日本人には自らの手で現在の民主憲法を創る能力はなかったのであり、したがって、60年以上経った今も、それが日本の “原点” だという認識がない。
  今回、日本国憲法の前文を読み返してみたのだが、たとえ日本人自身の手によるものでなくても、日本人はこの前文と平和憲法を誇りにすべきだと改めて思う。1945年以降のこの64年間に、アメリカは朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、アフガニスタン、イラクと多くの戦争をしているが、平和憲法を持つ日本は、この64年間に一度も戦争をしていない。これは日本の誇りである。

われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようとしている努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。

  しばしば引用される箇所である。「専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しよう」 とは、「民主制と自由を世界に広げよう」 という意味である。「平和」、「民主主義」、「自由」 ―― これらを世界に広げるために何が出来るのか。それを考えることが日本人の “原点” である。それは何も、誰もが国連大使を目指さなければならないということではない。それぞれの人が、「自分には何が出来るのか」 と考えればいいのだ。

 

 

 

   バラク ・ オバマ本人は、国民やメディアに対し、自分の肌の色が黒いことにことさらこだわらないで欲しいと思っているように見受けられるが、本人の意向とは関係なく、合衆国史上初の黒人大統領としてバラク ・ オバマは合衆国の歴史、いや、世界史に名を残すことは間違いない。そして、後の世の人々によって、この大統領の就任演説は繰り返し読まれ、研究されることになるだろう。アメリカの “原点” への回帰を訴えたことは、就任演説としては特筆すべきものではないか。その意味で、この演説は単に初の黒人大統領の就任演説ということだけではなく、内容的にも歴史に残る演説になるだろう。

  バラク ・ オバマ本人も、この演説が後の世の人々によって繰り返し読まれることを意識せざるを得なかったであろう。演説は未来に向けられた以下の言葉で締めくくられている。


 私たちの孫の世代に語ってもらおう。私たちに試練が訪れた時、私たちはこの旅を終わらせることを拒否したと。私たちは引き帰すこともたじろぐこともしなかったと。地平線と神の恵みをしっかりと見据え、私たちは自由というあの偉大なる贈り物を手に前進し、それを無事に将来の世代に届けたと。

 

(2009年2月16日)

 

 

 選挙戦について

 オバマ政権が発足しても、まだ今回の選挙について疑問がある。1) 投票率はどうだったのか。2) 9月上旬にはリードしていたマケイン候補はなぜ最後までリードを保てなかったのか=9月以降にマケイン支持からオバマ支持に回った有権者の理由は何なのか。3) 共和党の副大統領候補・ペイリン氏に失望して共和党から離れた人はどのくらいいたのか。4) 今回新しく有権者登録した人々のうちのどれほどの人がバラク ・ オバマに投票したのか。 ―― これらについて、どれだけデータが入手できるか分からないが、調べてみようと思う。判ったことは、今後このページでもご紹介するつもりである。

 

  このページの執筆に当たっては、「アメリカン ・ マラソン」 (筑紫哲也・著, 角川文庫, 1984年)を参考
  にさせていただいている。この本は、筑紫哲也さんが朝日新聞のワシントン特派員時代に取材された大
  統領選挙についてお書きになったものである。自分が数多く持っている筑紫さんの本のうちの4冊はアメ
  リカにまで持ってきた。「アメリカン ・ マラソン」 はそのうちの1冊である。バラク ・ オバマが当選したのは
  日本時間の11月5日であったが、その2日後に亡くなられたことをインターネットで知った (インターネット
  は便利だが、悲しいニュースも瞬時に地球の裏側まで配信してしまう)。

   オバマ候補の当選を知って亡くなられたのだろうか。そうだとして、どんな感想をお持ちになったのだろ
  うか。ぜひお聞きしたかった。自分には面識などない。1980年代の学生時代に、自分のいた大学に講
  演に来られた時に、自分は聴衆の一人であったというだけだ。
 
   筑紫さんの、ジャーナリストあるいはニュース ・ キャスターとしての功績については、自分などは言える
  立場にない。自分に言えることは、筑紫さんほどアメリカの良さを自分に伝えてくれた人はいないというこ
  とである。筑紫さんの本を一冊も読んでいなかったら、自分は今ここ (アメリカ) にはいないかも知れない
  というほど大きな影響を受けた。
  
   多くの価値ある知識と情報、そして示唆に富んだ見識を学ばせていただいたことに対し御礼を申し上げ
  ることで、ご冥福をお祈りする言葉に代えさせていただく。