おさんぎつね   細地区 昔話し

 もう、ふりぃむかしの事よ、大草の村の山奥に 安国寺谷という所が在ったんじゃ。
 そこにゃあ、そりゃまぁ仲のええキツネの夫婦が住んでおったのよ。

 そんなある時、キツネの母さんの、おなかがドンドンと大きゅうなってきた。
 ああ、こりゃわしらの赤ん坊が出来た、言うて、夫婦でそりゃあ喜んだんじゃ。

 キツネの父さんは、早速、枯れ葉を集めちゃあ、寝床を作ったり、穴を掘って、
 よそモンの来た時にゃあ、す〜ぐに逃げる事が出来る様に、隠れ家を作ったり、
 まぁ、雨が降っても、雪がちらついても、そりゃあ、甲斐甲斐しく、よう動いて
 いつ赤ちゃんが産まれても良い様に、まめに、まめに、働いたそうじゃ。

 それに、の、生まれる赤ちゃんが、こまい(小さい)と可哀想じゃ、言うて、
 随分と遠くまで出かけて、一生懸命にいろんな餌を捕ってきては
 母さんキツネに食べさせたんじゃと。

 そのウチにキツネの母さんのおなかは、もう、今にも、はち切れんばかりに
 プックリと大きゅうなった。
 そんなある日の真夜中の事よ。

 ほのさみしい闇夜に、フクロウがホ〜ホ〜と、鳴き始めた頃、
 母さんキツネのおなかが、ゆうるりと痛くなって来たんじゃと。
 そうして、もう、今にも、赤ちゃんキツネが生まれそうになったそうな。

 「ああ、イタタタ。」母さんキツネは汗びっしょりになっとる。
 「ありゃあ、こりゃもう、生まれるかも知れん。」
 お父さんキツネは、可愛い子供達が、今にも生まれてくるかと思うと、
 嬉しゅうて、嬉しゅうて、ドキドキして、しようが無かったそうじゃ。

 じゃが、そのうち、どうも様子がおかしい事に気づいた。
 母さんキツネは「う〜ん、う〜ん」と苦しそうにしとるのに、
 何時になっても赤ちゃんは、生まれそうに無いんじゃ。

 お父さんキツネはオロオロして、母さんキツネのおなかを優しゅうにさすったり、
 手を握ったりして、励ますんじゃが、そのうち、ますます、ひどう苦しみ始めたんじゃ。
 「いたい〜、ああ、いたい〜。」

 「ああ、困ったことよのぉ、どうすりゃ良いんかのぅ。」
 そうこうしとると、お母さんキツネは、見ておれんほど痛みが激しゅうなってしもうた。
 「せめてお医者さまが居って、見てくれたら良いがのう…。」

 「をを!!、そうじゃ、ふもとの村にお医者様が居られた。降りて頼んで見よぉよ。」
 「おい、待っとれぇよ、お医者さまを呼んでくるけぇ。」

 父さんキツネは、母さんキツネを楽にしてやりたい一心で、村の若者の姿になると
 一目散に山を駆け下り、里へと走り出したんじゃ。

 その頃、大草村というところには「赤松春庵先生」という、お医者さまが居られての、
 それも、お産で名高い先生だったんじゃよ。
 細い山道を下ると、小さな明かりを見つけ、父さんキツネは、転げる様にして
 その先生の家の戸口へ立ったんじゃ。

 「ドン!ドン!ドン!」
 「お願いぢゃ、お願いぢゃ!!。」

 「ありゃあ、誰かいの、こんな夜中に、そがい(そんな)に大きな音をさせて。」

 「お願いです。にょうぼがお産で苦しんどるんです。どうか、どうか、
  見てやって下さい。お願いじゃ!!。先生!!。」

 やがて戸が開いて赤松先生が出てこられたんじゃ。
 父さんキツネは、先生にすがりつくように頼んだんよ。

 「先生、お願いじゃ。にょうぼが、にょうぼが死にそうに苦しんどるんです。」

 「そりゃぁお気の毒な事よ。じゃが、ご覧のとおり、ワシもこんな年寄りでの
  それに、このような真夜中じゃ、すまんが、もう、おもてに出る力は無いんじゃよ。」

 「じゃが…先生、にょうぼは苦しんで、もう、今にも死んでしまいそうなんじゃ、
 どうか…どうか、お願いじゃ。」

 涙を浮かべる様にして頼む若者を見て、先生は見るに見かねたんじゃな。
 「そうか、じゃあ、我が家に昔から伝わる、お産の妙薬をあげよう。
  それをにょうぼ殿に飲ませてやるがええ。」

 「ああ、たいがとう(ありがとう)ございますじゃ。」

 父さんキツネは、何度も頭を下げると、その薬を受け取り、
 無我夢中で一目散に駆け出した。
 
 さて、父さんキツネは元来た道へと一生懸命に走ったんじゃ。走って走って、
 身体中が 周りの草木で傷ついて、血を流しながらも一生懸命に走ったんよ。
 そうして、やっとの思いで母さんキツネの所にたどり着いたんじゃ。

 じゃがの、その時は、もう、母さんキツネは、息も絶え絶えに、ぐったりとしておった。

 「さあ、薬をもろうて来たで、これを飲めば、直ぐに楽になるでの。」
 父さんキツネは、さっそく薬の袋を開けると、母さんキツネの口元へ
 やさしゅうに、そっと薬を運んだんよ。

 母さんキツネは、ゆっくりと顔を向け、最後の力を振り絞るようにして、
 その薬の包みをくわえたんじゃ。じゃが、それが最後じゃった。

 母さんキツネはにっこりと微笑むと、そのままガックリと力尽き、
 どう、と、倒れ込むと、とうとう、ピクリとも動かんようになってしもうた。
 「あああ、おまえ、しっかり!!。しっかりするんじゃぁ〜!!。」
 じゃがのぅ、そのまま母さんキツネは、ついに息絶えてしもうた。

 「あああ、しっかり…、しっかりしてくれぇ…。」
 父さんキツネは何時までも母さんキツネの身体を抱いて、
 おんおん、おんおん、と泣き続けたそうじゃ。

 さて、それから二、三日後の事じゃ。
 春庵先生は薬草を採る為に安国寺谷へと出かけたそうじゃ。
 そうして藪を抜け、谷を抜けて、あちこちと歩き回られた。

 その時じゃった。ふと、なにやら野のモノが居るのに気づかれたんじゃ。
 じゃが(だが)の、それはまるで動く様子が無いんよ。
 おかしいのぅ、と思いながら、そっぅと、そばに近づいたんじゃ。

 何とソコには、おなかの大きなキツネが、一匹横たわり、こと切れていたんじゃと。
 おそるおそる近づいた赤松先生は「ハッ」としたそうじゃ。

 なんと、キツネは「赤松家 家伝 妙薬」と書かれた、白いくすり袋を口にくわえておった。
 そして、その時、始めて気づいたんじゃよ。
 あの晩、尋ねてきた若者…、一生懸命に助けて欲しいと頼んだ「にょうぼ」とは、
 この母キツネの事じゃったと。

 赤松先生は、ゆっくりと、その場へ腰を落とすと、その母キツネが成仏できるよう
 その亡骸へ、野の花を一輪添えると、そっと手を合わせたんじゃ。
 「なむあみだぶつ…」とな。

 今も残る、悲しいおさんぎつね、の話は、これでしまいじゃよ。
 あんたも大事な人がおるかの?。大事に大切にしてやりなされや。のう。

                                                                                画像提供 とだ勝之 先生 感謝