ゆうこちゃん毛虫



まどの外を枯れ葉が舞っています。
病院のベッドは、つーんとしたにおいで、ゆうこちゃんは、いつもゆううつです。

「早く歩いて、外に出たいな…」

 あの日、車にはねられて、もう二週間、ベットにねたきりです。

「ふーー。」

とても大きなため息に、おかあさんは、思わずふり返りました。
「どうしたの?」
「何でもない」

 ぷいと、外を見ました。ときどき、外から聞こえる車の音や、人の声が、にくらしくなってきます。大好きなやさしいおかあさんにさえ、素直になれなくなるのです。
 


「つまんない」
ぽつりとつぶやきましたが、その声は小さくて、おかあさんの耳にはどどきません。

「よい子にしててね」

おかあさんは、悲しそうに外に出て行ってしまいました。
ゆうこちゃんは、ぼんやり外をながめています。風が吹くたび、葉は枝をはなれて落ちてゆきます。
 

 「…ちゃん、ゆうこちゃん」

とつぜん、だれかが、自分をよぶのに気がつきました。見まわしてみましたが、だれの気配もありません。
「こっち、こっちだってば」 まどの外を見たゆうこちゃんは、びっくり。

いちょうの木かげに、何かがいたからです。

「やあ、はじめまして」
 


 何と、それは、気持ちの悪くなるような、黒い毛がびっしりと生えた、一ぴきの毛虫だったのです。

そして、身体中の、ゆらりと動かすと、いちょうの葉につかまり、まどごしに、すうっと飛びおりてきました。

「きゃあ…。あっちへ行って、わたしきらいなの…毛虫」
思わずゆうこちゃんはさけびました。

「あっと、ごめん。じゃあ、こうしよう」

毛虫は、また体の毛をゆらり、と動かしました。そのとたん、毛虫はかわいい男の子になっているではりませんか。

「まあ、すごい」
ゆうこちゃんは目をパチパチさせて見つめました。

「あなたってふしぎね、まほうつかいなの?」

「別にどうってことないさ。それより…外に行こう」

「え?」
ゆうこちゃんんはびっくりしました。
「でも、けがをしてるから……」

「だいじょうぶ。ほら」
毛虫は、そっとゆうこちゃんにふれました。ちくり!

「いた…」
 


 そのとたん、ゆうこちゃんは、自分の体が、すうっと軽くなったのにびっくりしました。そして、いつの間にか、毛虫と同じ小さな体になっているのに気がつきました。

「さあ、この葉っぱに乗ろう」

おっかなびっくりゆうこちゃんは。枯葉にしがみつきました。

「しゅっぱあつ!」

 二人を乗せた枯葉は。すうっと浮き上がりました。外に出たとたん、

「わぁ、すごい」

 二人はまずしいばかりのお陽さまの中にいました。
木もれ陽がキラキラ、青い空が、目の前いっぱいに広がっています。枯葉が、くるくるワルツを踊るように舞っています。

「きゃあ、ステキ!」

 ゆうこちゃんのひとみは、キラキラかがやいています。
 

「ぼく、毎日、君のこと見てたんだよ。おかあさんを、ずいぶんこまらせているみたいだね」

 ゆうこちゃんは、少しむっとしました。

「ぼく、一人ぼっちだから…。いいな、やさしいおかあさんといつもいっしょで…。ぼくたち毛虫はみんなのきらわれものでしょ。いつ、だれかにふみつぶされてしまうか、ひやひやしながらくらしているんだ」

 ゆうこちゃんは、毛虫がかわいそうになってきました。

「でも、だいじょうぶさ。だって、ほら、あのお陽さま、どんなにぼくがきらわれものでも、君たちと同じように、あたたかくしてくれる。風だって同じように吹いてくる。
枯葉のあったかいベッドで、ゆっくりねむることができる。ぼく。きっとお陽さまは、神さまじゃないかって思うんだ。こんなに体をあたためてくれるし、心もやさしくなってくるんだもの」

「そうかしら」

「そうさ、それにきみ知ってる?雨あがりに葉の先についていた水が、ぽとんと落ちたとたんに、光と水の子が、ぱあっと踊るってこと。ちょっとの間だけど、とってもステキなんだ。

ぼくね、毎日がとてもいっしょうけんめいなの。いつ、ふまれて死んじゃうかもしれないけど…。だから、よけいにそう思うんだ」

「わたし…はずかしいわ。こんなけがで、あんなにおかあさんにいじわるばかりして…」
 


「それに、ぼく、とってもうれしいんだ」

「え?」

「なんだかきみと友だちになれそうでさ…」
「ほんとう?」
「ほんとうさ」

 二人は顔を見合わせると、くすっと笑いました。

 と、そのときです。強い風が吹いたかと思うと、二人の乗った枯葉を、まきあげました。
「きゃあ!」

 ゆうこちゃんは。葉にしがみつきました。くるくると飛ばされ、だんだん気が遠くなってゆきます。
「おかあさん、ごめんなさい。おかあさん、たすけて…」

 毛虫くんが、ぼんやりと消えていく中で、ゆうこちゃんは、いっしょうけんめいに、いのりました。

「…ゆうこ、ゆうこちゃん、起きなさい」

 はっと気がつくと、そこは、いつものベッドでした。
「ゆめ…ゆめだったのね…」

おかあさんが心配そうにのぞきこんでいます。
「だいじょうぶ?」
「うん」

ゆうこちゃんは、にっこり答えました。
 

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